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 Ⅰ 封印されし禁忌の少女 

Ⅰ 01 /01

1話「神秘の傍観者」


 神にとって人は尊き存在であり、彼らが作り出す人生もまた儚き存在。

 真っ当な人生を謳歌する者は自身が思い描く夢に向かって努力を積み重ね、様々な経験を得る事で達成される人生である。

 また自分以外の――他の誰かの人生に大きく携わる者は、人々が求める理想的な世界を現実へと具現化させる為に自身と同じ考えを持つ同士を集め、人々を救済する慈善活動や様々な知識を活かして問題解決に取り組む素晴らしい人生である。

 ただ人生というものは全てが善である筈はなく、人生を歩み続ければ自ずと悪へと染まる者達の存在も忘れてはならない。

 復讐を成し遂げる者の人生は、初めから悪に染まってなどいない。

 彼らは周囲の人々と同じく何気ない日常生活を日々送っている。

 ――だが信頼関係のある仲間の裏切りや自分自身の存在を全て否定もしくは絶望的な状況に追い込まれた時、彼らは相手に対して憎悪を抱き、自らの意思で反逆の狼煙を上げて悪の道へと突き進むだろう。

 また世界を支配する者の人生は、世界の皮肉さや劣悪な環境を呪い、彼が思い描く理想の世界を築く為に表舞台から自身の存在を抹消し、彼が引き連れた反社会的勢力と共に裏で世界を暗躍するだろう。


 神にとって、それらの人生を歩む彼らを見る事は、実に面白いもの。

 いつ見ても葛藤する彼らの姿を見ては、神でさえも彼らの人生を最期まで見届けたい。

 ――だが神は人を駒の様に見捨てる場合がある。

 それは不慮な事故や周囲の影響に巻き込まれて最期を迎える哀れな者達だ。

 神は彼らの事を『退場者』と呼ぶ。

 人生とは儚き存在ではある――だが人々の住む世界は、常に弱肉強食だ。

 彼らが生き続けるということは、必ず何処かで他の誰かが最期を迎える運命だということを忘れてはならない。

 そしてまた……、神は退場者の最期を見届ける。

 神は人生を見届ける存在で無ければならず、感情を露わにしてはいけない。

 神は決してその者を助けてはならない。


 ――だがそんなある日。神は一名の退場者の命を救い、物語が始まる。



   ◇ ◇ ◇



 シンギュラリティ。それは戦争の無い平和な世界を築く為に作られた大規模都市である。

 人々を各区域ごとに分散させ、あらゆる犯罪を発生させない為に小型カメラを周囲に設置し、人々の行動を常に監視している。

 ――所謂、監視社会だ。

 人々には真実のみを報道する義務を課せられ、根も葉もない作り話の様な嘘の内容は全て、この世から排除される。

 そしてシンギュラリティでは様々な犯罪が発生した時点で、収束に手間が掛からない事で有名だった。

 犯罪者達は常に覚悟の上でのみ全ての犯罪が成り立っており、一度でも警察に身柄を拘束されれば、北部の超監視社会へと強制的に送られる。

 一般市民の場合は事故や事件などに巻き込まれた時、すぐに警察と救助隊が現場へと駆け付ける安心感があるので、シンギュラリティでは年々外部から訪れる移民が増加していた。


 西暦2001年12月。

 シンギュラリティ南部――巨大高速道路。

 シンギュラリティ全体を繋ぐこの巨大高速道路は都市の外側に位置し、一般市民や運送業者による都市間の移動は全て、この巨大高速道路を経由している。

 ――だが都市の予算削減により、監視カメラは都市内部と比べて等間隔に設置されていて極めて個数が少なく、事故や事件などが発生した場合は上空を浮遊する衛星カメラによって特定される仕組みだ。


 時刻は午前一時。

 五連休最終日の帰宅ラッシュが全て解消し、この巨大高速道路を使用する普通乗用車の数も運送業者と比べて減少し始めていた。

 だからと言って、油断は禁物。

 真夜中の事故は昼間と比べて毎年増加傾向にあり、居眠り運転や逆走、前方不注意による出会い頭の衝突事故など多発している場所も多く、運転手は集中力と緊張感で長時間の運転に疲れ易いものだ。

 すると時速百キロメートルを超えたある軽乗用車が目的地付近まで到着すると、車体を左側に寄せた。

 車内には三人家族の夫婦――右側の運転席に父親である四十代後半の男性が運転し、後部座席には同年代の母親と熟睡中の小学校低学年の男児が乗っている。

 夫婦は共働きであり、この五連休を祖父の墓参りに使用し、一度実家のある故郷へと帰省していた。

 明日からまた仕事が始まる為、彼らは軽乗用車でこの巨大高速道路を経由して自宅へと帰る途中だった。


 軽乗用車は少しずつ減速し始め、男性はウィンカーを操作すると左側の方向指示器が点滅し、案内に従って左側の細い道路へと進行し、軽乗用車は巨大高速道路の出口を目指した。

 その途中に設置された料金所をくぐり抜けて巨大高速道路の出口に到着すると、男性の緊張は解れ、軽乗用車は見覚えのある緩い下り坂へと進行した。

 するといきなり正面から眩しい白い光が見えて、運転席にいた男性は一瞬で表情が青褪める。

 男性の視線からは今から巨大高速道路を使用するであろう銀色の普通乗用車――所謂逆走車が見えた。

 後部座席で眠る妻子を起こす事は出来ず、男性は一本の坂道を猛スピードで駆け上がる普通乗用車にクラクションを鳴らしたが反応は無かった――だが後部座席で寝ていた母親である女性が目を覚まし、今のこの状況を把握すると次第に混乱し始め、女性は勇気を振り絞って運転席にいる男性に呼び掛けた。


「和真さん!!」

「済まない……。俺には何も出来ない!!」


 和真と呼ばれた男性は為す術もなく、目の前で暴走する普通乗用車と正面衝突した。

 すると加害者の普通乗用車は自分自身を守る為に右へとハンドルを切ったお陰で、彼らが乗る軽乗用車に強い衝撃が襲い掛かると普通乗用車は激しく横転した。

 正面の破損箇所が多い軽乗用車のボンネットから白い煙が立ち上り、次第に普通乗用車から漏れ出していたガソリンと引火して黒煙が立ち上がり始めた。

 ――だが誰も乗用車から降りる気配が無い。

 それもその筈。事故の衝撃で全員が負傷しており、夫婦は疎か加害者でさえも身動きが取れていない状況だった。

 この深夜帯に巨大高速道路の出入り口前付近を通り掛かる車は一切見られず、あとは衛星カメラがこの事故現場を正確に場所を特定するしか、彼らの安否を確認する方法が無かった。

 するとその事故現場に、一人の少女が現れた。


 身長百二十センチの小さな胸に小柄で痩せた身体をしており、月白のロングヘアに水色の瞳が特徴の幼い少女である。

 服装は灰色のローブを着用しており、現代人にしては少女の姿は異質だった。

 そして少女はこの事故の第一発見者ではない。

 少女の姿は誰の目にも見えておらず、身体は幽霊の様に半透明で少し透けていた。

 それもその筈。この少女は人ではなく、神なのだから……。

 今日この場所で乗用車同士の衝突事故が発生し、三名の人が命を落として退場者に変わる。

 少女は退場者達の最期を確認する為、事後の数分間という短い時間帯を狙って姿を現していた。


「……」


 少女は裸足で横転した普通乗用車へとゆっくり歩き、運転席内で気を失った若い男性を窓から覗き込む。

 事故の衝撃で展開されたエアバッグによって、若い男性は奇跡的に一命を取り留めていた。


 ――□□□□生きてた……。


 若い男性の生存確認を行うと、少女は思わず溜め息を吐いた。

 この男性は今から数分後。救助隊によって病院へと運ばれ、その後は警察によって逆走による暴走行為として事後処理される運命である。

 この事故が発生に至った経緯は、過度の仕事による居眠り運転が唯一の原因であり、シンギュラリティでは発見次第全て排除される。

 理想的な世界を築く為には、悪を根絶やしにするしか方法が見当たらないからだ。


 そして少女はボンネットから黒煙が立ち上がる正面が大破した軽乗用車へと歩き始めた。

 軽乗用車のフロントガラスは割れていて、車内には硝子の破片が飛び散っており、普通乗用車と比べて残酷な形状へと変貌を遂げていた。

 外側から運転席を覗き込めば、運転席にいた四十代の男性は打ち所が悪く、口から吐血した状態で既に心臓は停止していた。

 後部座席の女性は辛うじて生きているが、正面衝突した時に砕けた硝子の破片によって全身は打ち尽くされ、痛々しい傷口を見れば血液は止まらずに流れていた。

 女性は数分後。痛みから解放されて死に至り、そして退場者になる。

 ――だがこれからの人生を歩む前にここで女性を死なせてしまった方が、痛みに苦しまなくて済むだろう。

 少女は後部座席の女性の隣にいた男児を見つめた。

 女性程では無いが男児の身体にも硝子の破片は至る所に刺さっており、元々の貧弱な身体によって事故の衝撃に耐えられずに今も尚死に掛けていた。

 無理もない。

 もう少し丈夫に成長していれば、この事故の衝撃にも耐えていただろう。


 ――□□□□退場者は□□□□この三名


「……」


 神にとって、子供の死は残酷。

 大人に成長するまでに何千もの子供が他界する運命である事実は変わらず、いつも目に焼き尽くして来たが、神であっても慣れる訳が無い。

 神は人に触れる事も、見られる危険性もないので、少女は少し男児を観察した。

 すると男児は薄っすらと瞼を開け、口を動かして声を発した。


「……お姉ちゃん。助けて……」


 そして男児は気を失った。

 男児の声を聞いた少女は意表を突かれ、硝子に反射した自分自身の姿をすぐに確認した。

 硝子には少女の姿は全く反映されておらず、人に見えていない事が分かると、少女はほっと息を吐いた。


 ――□□□□この子は□□一体


 少女は男児に対して疑問を抱くと同時に、謎の好奇心が芽生え始める。

 それは神である自分自身が見える人間が、この世界に存在したということだ。


 瀕死状態の男児を見て、少女は軽く微笑む。

 すると少女は軽乗用車から離れ、普通乗用車の運転席にいた若い男性の心臓をいとも簡単に停止させると、この場から速やかに立ち去った。


 それから数分後。事故現場には警察と救助隊が駆け付けた。

 警察は坂道を通行止めに変更してから直ぐに取り調べを行い、救助隊は四名の人々を救い出して救急車に載せると、そのままサイレン音を鳴らしながら救急車は近くの病院へと搬送された。



   ◇ ◇ ◇



(ここは……??)


 少年は意識を取り戻すと、真っ白で何も無い空間の中を彷徨っていた。

 少年の名は、斉藤ユウタ。

 身長は百十センチ、貧弱で細い体付きに、黒の短い髪と黒い目が特徴の少年。

 黒色のパーカーに青色のジーンズといったシンプルな服装をしており、母親が決めたこの服装にはユウタも昔から気に入っていた。


 呼吸は出来るものの声を発する事は一切出来ず、身体でさえも何か見えない透明な壁の様なもので一方的に挟まれており、ユウタが大人の様な頑丈な体付きだったとしても、身体はびくとも動く気配が無いだろう。

 するといきなり身体を遮っていた透明な壁が一瞬にして消え去り、ユウタは受け身を取らずに正面から倒れ込む。

 ――だが倒れた時の痛みは全く感じられず、ここが現実世界ではない事にユウタは気付かされた。


(どう言う、こと……??)


 ユウタは何も思い出せなかった。

 何故この何も無い空間に居るのか。

 そして現実世界で何が起こったのかを……。

 前後の記憶を頼りにユウタは無理矢理にでも記憶を取り戻そうと試みたが、自分自身が誰なのかという簡単な情報以外、何も思い出せなかった。

 するとユウタが起き上がった瞬間――、何処かで見覚えのある白髪の少女がユウタの目の前に現れた。

 身長百二十センチ程に水色の瞳が特徴の少女であり、月白の様な白い髪は灰色のローブのフードによってだいぶ隠れている――だがこの何もない真っ白な空間と月白の白い髪が相まって、ユウタにとって少女は儚くも綺麗な印象を与えていた。


「……」


 少女は何も言葉を発さずにユウタの元へと近付く。

 少女は物珍しそうな表情を浮かべながらユウタを見つめ、お互いの視線が合うとユウタは恥ずかしそうな表情を浮かべたが、少女はユウタから目を逸らさずにじっと見つめていた。

 そして少女は初めて言葉を発した。


□□□貴方は□□何者?」

(なに??)

□□□ごめん……」


 少女は宇宙人の様な聞き取れない発音でユウタに話し掛けた為、すぐに失敗した事に気付く。

 すると少女はユウタの身体にそっと軽く触れた。

 その瞬間――


「だから、なに……!!」


 ユウタは自分自身の声に気付く。

 さっきまでこの空間でユウタは声を発する事も出来なかった――だが少女が身体に触れてからは、いとも簡単に声が発せられた事実に、ユウタは驚きを隠せなかった。


□□□■■語? じゃあ、これで話せる?」


 少女はユウタが発する言語をすぐに理解すると、仕切り直しに言語を確認しながら、改めてユウタに話し掛けた。

 それは数分前に上手く聞き取れなかった発音とは裏腹に、少女の透き通った声がユウタの耳に馴染む様に聞こえ始めていた。


「貴方は何者?」

「ん? えっと……」

「答えて。これは大事なことだから……」


 少女の質問に、ユウタは首を傾げた。

 すると少女は言葉を強調してユウタに詰め寄る――だがそれでもユウタの反応は一切変わる様子はなく、少女は次第に疑心暗鬼と化した。


「ん?? 分からない??」

「さっきから何を言ってるの??」

「だから!! なんて、おかしいって!!」

「えっと……。何で??」

「だから……!!」


 少女の一方的な返事に、ユウタは今の状況を上手く把握出来ていなかった。

 それに気付いた少女は声を荒げ、お互いの今の状況を再確認する。

 子供のユウタでも理解出来る簡単な言葉ならば、この状況を打開出来ると感じた少女は、ユウタに真実を告げた。


「私は神様で、貴方は人。分かった?」

「分からない」


 ――??

(この子は、いったい何を言っているんだろう……??)


 少女はユウタの返事に、疑問を抱く。

 ユウタからすれば、今目の前にいる少女はユウタと同じ人間にしか見えなかった。

 何を隠そう。人が神様の姿を間近で出会える機会など、天文学的にも有り得ない話だからだ。

 そして神様を名乗るこの少女もまた人と神が対面する確率ついては理解しているものの、人間の感情については何も理解が追い付いていなかった。

 二人がこの相違点に気付く事さえ出来れば、お互いの言葉が通じていたのかも知れない。

 ――だが運命というものは単純で気まぐれだ。

 どちらかが気付かない限り、方向性を定める事なんて難しい話だろう。


 少女はユウタの反応を見て、ふとある事に気付いた。


「ねぇ……。貴方って、鈍感?」

「鈍感って?」

「感覚が鈍いってこと……。小学生でも分かる」

「まだ習ってない……」

「嘘……!!」


 少女は右手をユウタに向けて、ユウタの記憶に干渉を促す。

 記憶から映し出されるユウタの人生の中で、『鈍感』という言葉を学習する機会が何処にも見当たらない事実に、少女は思わず驚愕した。

 それは人生上――友達や教師、家族においても、誰一人として『鈍感』という言葉を一切使っていなかったからだ。


「本当……。貴方の小学校、遅れてる……!!」


 そして少女は初めて理解する。

 ユウタが正直者で、敵意が全く感じないこと。

 人間にしては唯一、不思議な存在であること。

 今まで感じる事がなかった感覚に、少女は何かを悟る。


 ――この子ならもしかして、あの子を救えるのかも知れない……。私には不可能だった……、あの子を……。


「来て……。私が神様だって証拠、見せるから」


 少女はユウタを手招きしながら、奥へと歩き進む。

 ユウタは少女の背中を見失わない様に追っていく。

 すると二人は一つの白い球体が設置された場所へと辿り着いた。


 少女が白い球体に触れると、正方形の液晶画面が無数に出現する。

 その液晶画面には、ユウタの様な人間の姿が一人ずつ一斉に映し出された。

 この光景に驚かない人間は居ない――だがユウタは全く興味を示していないのか、見向きもせずに周囲をキョロキョロと見回していた。

 するとユウタは液晶画面が全く出現されていない方向を指差して、少女に話し掛けた。


「ねぇ。向こうには行ったことがあるの?」

「? ううん。私はここの管理者だから、ここ以外は離れたことがないけど……?」


 少女は不思議そうに首を傾げながら、ユウタの返事を返す。

 するとユウタは笑顔で――


「じゃあ、一緒に行こう!!」


 そう言ってユウタは少女の片手を掴んだ。

 少女は余りにも鈍感過ぎるユウタに断れず、そして歩き始めたユウタを見ながら、少女は溜め息を吐きつつも仕方なく共に歩き始めた。


「――好奇心旺盛ね」

「何か言った??」

「何も」

「そう……?」


 少女は小声で独り言を呟く――だがユウタはその独り言を拾って少女の返事を返した。

 すると少女は無口を装って返事を返すと、ユウタは不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げた。

 その一連のユウタの仕草を見ていると思わず少女は軽く微笑む。そしてその自分自身の反応に驚いた。


 ――この感情は、何……?


 人生上――神様として全うにこの世界を管理していた少女は、人間の様に誰かと一緒に居る機会など一切存在しなかった。

 それは今こうして誰かの手を繋いだり、何気ない会話を弾みながら相手の反応を伺う事も無かった程だ。

 そう……。少女はあの液晶画面から映る人間の生涯を観察するか、人間の世界でその者の死骸を確認すること以外は特に何も無かった。

 人間の世界で自身自身の姿を見る者は誰もおらず、ユウタの様に触れる事も無いので、いつしか少女の感情は薄れ、管理そのものが一連の動作へと変わっていた。


 少女は自身の感情の変化に気付くと、この運命そのものに思わず感謝していた。


 ユウタ達は手を離す事はなく、ただひたすらに真っ直ぐ前へと歩く。

 この何も存在しない真っ白な空間の中で、ユウタの笑顔が絶える事はなかった。

 少女はその光景のみでも充分に楽しかった。


「ねぇ。貴方、名前は?」

「自分はユウタ。斉藤ユウタ。君の名前は?」

「私は……」


 神は掟によって、人間に名前を教える事は出来ない。

 ――だが少女はその掟をユウタの為に破った。


「私の名前は、クリステル」

「じゃあ、クリステル。自分達、今から友達になろう」

「友達??」

「そう。友達」

「良いよ。ユウタ、面白いから」


 すると眩い光がこの世界を包み込む。


「……目覚めの時みたいね」

「え?」


 クリステルがそう小声で呟くと、ユウタは不意を突かれて疑問を抱く。

 するとクリステルはユウタから手を離すと、灰色のフードを脱いで月白のロングヘアを露わにした。


「行って……。ユウタは最後まで生きて……」

「それって、どういう?」

「今は分からないかも知れないけど、ユウタは私の友達だから、最後まで強く生きて……!!」

「クリステル……!?」


 するとクリステルの水色の瞳から、透明な一粒の雫が零れ落ちる。

 その雫は、何度も何度も止まる事は無かった。

 クリステルは自身の感情に気付いて、その雫――涙を手で拭おうと手を動かす。

 するとユウタは何も考えずに、自身の手でクリステルの流す涙を拭いた。


「ありがとう……」

「どう致しまして」

「本当はね……。ユウタに会えて、嬉しかった……。またどこかで私達が会える事を祈ってる……。だから……、ごめんね……」


 クリステルはそう言って、ユウタの身体を強く押し返した。

 すると眩い光と共にクリステルの姿は消滅し、やがて何も存在しなかったこの真っ白な世界は暗闇と化す。

 そしてユウタはこの暗闇の世界に取り残された。



   ◇ ◇ ◇



 シンギュラリティ南部――第一総合病院。

 午前二時が過ぎた頃。救急車から四名の患者がこの第一総合病院へと運ばれて来た。

 ――だが既に男性二名の死亡が確認され、残す患者は女性と男児のみであった。

 医者達はすぐに患者の容態を確認しながら手術室へと運び、それぞれに適した緊急手術を開始した。


 それから約三十分が経過し、手術室の赤いランプが消灯して連絡が入る。

 まず硝子の破片を全身に浴びた女性は痛みから逃げるかの様に命を引き取った。

 次に男児は奇跡的に容態が安定し、所々にあった硝子の破片の摘出に成功した。

 救急隊曰く女性は硝子の破片から男児を守る為に自身が着用するシートベルトを外し、男児よりも多くの破片を全身に浴びた事が死因だと聞かされ、医者達は思わず納得する。

 女性は手術中一度意識が回復したが、その直後臓器に異変が生じて死に至ったからだ。

 乗用車同士の衝突事故にしてはシートベルトを外さない理由など誰もが理解してはいるが、それがもし親子だとしたら? 想像するだけでも壮烈な人生を物語っているだろう……。


 そして事故から一週間が過ぎた。

 病室では真っ白のベッドで静かに眠る男児が、自分から目覚める事はなかった。

 その為。シンギュラリティの命令によって、三名の遺体の葬儀及び火葬が報告も無しに終わりを告げていた。

 男児が眠る病室ではいつも看護師達が心拍数を確認しては、残酷な運命に涙をこらえる者も現れたという……。


 事故から一ヵ月を迎えた、ある日のこと。

 心拍数を測定するピッピッピッというビープ音が聞こえる病室の真っ白のベッドで、静かに眠る黒髪の男児――斉藤ユウタは薄っすらと瞼を開けた。

 ユウタの口元には呼吸器が装着されており、目の前には知らない白い天井――病室の白い壁が見えた。


(ここ……、は……??)


 朧気な意識の中でユウタがそう感じていると、事故直後の記憶が蒸し返される様に思い出した。

 それは急に発生した乗用車同士が接触する衝突事故であり、その衝撃でユウタは一度目覚めていた――だがその直後に全ての硝子が割れては飛び散り、何故かシートベルトを外していた母親がユウタを庇って、母親の全身には矢の様に飛び散った硝子の破片で串刺しにされていた。

 祖父の墓参りの為に一度故郷へと帰省し、ユウタ達が住む家へと帰宅していた途中で家族に襲い掛かった痛々しい悲劇……。

 そして事故から数分後。瞼から薄っすらと見えた月白の様な白い長髪の少女――クリステルの姿。


(パパと、ママは……??)


 ユウタは完全に目覚めると、真っ白のベッドから起き上がろうと身体を動かす――だが事故から一ヵ月以上が経過した身体では起き上がる事は出来なかった。

 するとユウタの心拍数を確認しに病室から現れた女性看護師がユウタの目覚めた姿に驚くと、急いで病室から立ち去って医者の元へと呼びに行く。

 それから数分も掛からずに、病室からは白衣を着た年配のお爺さんの様な医者が女性看護師達を連れて現れた。


「どうも。君は、斉藤ユウタ君で間違いないかね?」


 医者の質問に、ユウタは頭を縦に振って頷いた。

 すると医者は包み隠さずに真実を告げた。


「斉藤ユウタ君。残念ながら、君のご家族は天国へと行ったよ」

「え……??」


 ユウタはその衝撃の事実を知ると、身体から力が抜け落ちてしまい、いきなりばたりと気絶した。

 その状況を確認した医者は診断書に、チェックマークを記入する。

 その診断書には既に十回以上のチェックマークが記入されており、ユウタは家族の死を受け入れられずにいつも目覚めては何度も気絶を繰り返していた。

 最初はその光景に悩まされた医者達が次々と辞職し、最終的にはこの年配の医者に全てを委ねられた。


 また目覚めては、気絶の繰り返し。

 年配の医者は奇跡的に生還した男児の成長を静かに見届けた。


 そしていつか受け入れる日が来る事を願って、年配の医者は毎日の様に神様へ祈りを捧げた。




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