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旧紅きex「サラのご主人様」


 創生の魔法書。

 それはこの世界の希望であると同時に、絶望にも成り得る存在。

 世界の始まりというものは至ってシンプルな構造体で出来ており、人間もまた一つの生命体でしかない。

 故にこの魔法書がもし誰かの手に渡れば、この世全てを支配する事が出来るだろう。


 だがそれは叶う事は無い。


 それもその筈。この魔法書は特別な能力を持った生贄を捧げなければ使用する事は出来ない。

 またこの魔法書は魔法書であって魔法書ではない。

 人間が一つの生命体だという事は、この魔法書もまた一つの……。



   ◇ ◇ ◇



 死というものは残酷。

 私はこの世界の因果に囚われた、生きた存在でしかない。

 それがとても不快でしかなく、私という存在はいつか誰かの手によって消される。私はそれが嫌だった。

 死にたくない。長く生きたい。そしてあの世界の様に楽しく謳歌したい。

 ふと私は彼のいた世界を思い出す。だけどそれは夢幻に過ぎなかった。

 もう私は戻る事は出来ないからだ。あの世界に。


 そう。私が創生の魔法書だから……。


 私は死んでは蘇り、大勢の能力者達に利用され、いくつもの悲しい現実を何度も見て来た。

 そしてまたしても人間達の手によって、私一人を犠牲に使われるのかと思えば、自分自身の心が病んでしまうのは仕方が無かった。

 私の名前はサラ。空のような水色のロングヘアに、低い身長に似合わない長めのローブを身に着けた藍色の瞳を持つ少女。


「見つけた」


 若い男性の声に私はふと振り向く。

 するとそこには赤黒い鎧兜に身を包む騎士が、私に近付いているのが見える。

 また私を。私という存在を消し去る者だと直感し、私は叶う筈のない幻想を胸に願いを強く祈る。


(誰か、私を助けて……)


 だけどそれは叶わない。


 筈だった……。


 いきなり私の頭を誰かが後ろから優しく撫でる。

 振り向くとそこにはいない筈の彼がいた。



   ◇ ◇ ◇



 ここはエクスガイア。

 高層ビルが多く建ち並ぶ中、人気のない夜の歓楽街を通るが、誰一人として一般人を見掛ける事は無かった。

 それもその筈。人類は十三名の能力者の手によって滅ぼされたからだ。

 と言っても衣食住には困る者はおらず、技術すらもそれなりに進んでいる為、別に人類が残りの十三名になったとしてもこの世界が確実に滅ぶ事は無いようだ。


 ただ一つを除いて。

 その名も創生の魔法書。

 その魔法書を使用するには特別な能力を持った生贄が必要だと誰も知らなかった為、十三名の能力者達は人類を生贄に捧げた。

 その結果がこの様だ。

 結局誰も創生の魔法書の在り処までは分からず、時だけが過ぎていった。


「本当に馬鹿らしい話だよ」


 僕、櫛田陸は独り言の様に呟いた。

 黒髪のショート、テクタイトのような黒色の目、高身長の男性。

 白色の私服のような制服を着ており、背中には水色のソードデバイスと呼ばれる長剣を装備している。


『だが行くのであろう』


 水色のソードデバイス。デュランダルは僕にそう話し掛けてきた。


「約束だからな」

『律儀だな』

「そりゃどうも」

『位置は把握しているのか?』

「大体は、な……」


〝私の目覚めは、いつも一緒。全人類が滅び、十三人の能力者達のみが生き残りし時、エクスガイアの中央にある英雄碑によって、十四人目の能力者として召喚される。そして私はその十三人の内、一人の能力者に必ず出会う〟


〝〝魔力感知結界、発動〟〟

《デュランダルの魔力が感知され、敵に気付かれる》

《逆探知すると敵に気付かれる》


「デュランダル。何もせずに魔力を遮断してくれ」

『良いのか?』

「ああ」


 するとデュランダルは僕の指示に従い、自らの持つ魔力を遮断する。

 そして逆探知もしないでくれた。


『本当に良かったのか?』

「別に構わない。敵を増やすと面倒だ」

『ほう。星乃とは違うのだな……』


 デュランダルは僕の行動を見て、興味深そうに関心する。


「入るぞ」


 僕は誰かが発動した結界の中へとそろりと侵入する。

 結界は魔力を持たない僕に反応を示さず、全く感知せずに済む。

 これは多分他の能力者対策だろうな。

 十三名の能力者達は全員が魔力持ち。と言う事はここに創生の魔法書が召喚されるのは間違いないようだ。

 まあ逆手を取れば僕はデュランダルの能力は使えなくなった事くらいか……。

 僕はそう思いつつ、ゆっくりと英雄碑を目指した。



   ◇ ◇ ◇



 英雄碑。

 それは人類を救った英雄達が残した碑文が保管された場所。

 人類が滅んでも尚、それは存在していた。


 突然。英雄碑から一本の光を出現する。

 するとそこから小柄な水色の長髪の少女が姿を現した。

 僕は少女に気付かれずに英雄碑の裏へと周り、隠れながらもその場をやり過ごす。


「見つけた」


 すると少女から少し離れた場所に、赤黒い甲冑の騎士が現れる。

 少女は騎士を見た瞬間。足が竦んで怯えてしまい、神様に祈りを捧げているのがここからでも良く見えた。

 そんな哀れな少女の姿を見て、僕はその少女に近付こうと前へと進む。

 デュランダルはそれを止めない。何故ならこれが僕とがした約束だからだ。


(そうか……。ずっと待たせてたから、こんな事になってたんだな)


 そうして僕は創生の魔法書、サラの水色の髪を後ろから優しく撫でた。

 するとサラが気付いて背後を振り返り、僕と目線が合うと互いに見つめた。


「何……で…………?」

「遅れて悪かった」


 サラに一言だけ僕は呟く。

 すると騎士が僕の存在に気付き、鞘から黒い魔剣を引き抜いた。


「貴様! 何者だ!」


 相手の反応を見て僕が溜め息を吐くと、デュランダルはクスクスとそれを見て笑った。


「僕が名乗る前に、自分から言ってみたらどうなんだ? それでも騎士かよ!」

「貴様に名乗る名など無い!」

「そうかよ」


 騎士は一瞬にして僕の目の前へ現れ、サラの手を掴もうと手を伸ばす。


「〝時のロストマギア〟〝クロノスゼロ〟」


 目の前に紫色の鍵のような杖が出現し、一時的に空間そのものの時を止めて騎士の行動を遮断する。


「〝星界のフォーステラ〟その子を守れ!」


 次は光り輝く白色の杖が出現し、サラ自身を囲む様に光の結界を張った。

 すると時のロストマギアの効果が切れて時が元通りに戻り、身動きを取り戻した騎士がそれでもサラへと近付く。

 だが光の結界がサラを守り、騎士はそれを間近で体験して舌打ちした。


「貴様のせいで計画が打ち壊しだ! この罪、死んで償え!」

「嫌だと言ったら……?」


 騎士は溜め息を吐いた。


「私は【煉獄騎士】ダンテ・ジーゼ・クロノフォルム。貴様と正式に決闘を申し込む!」

「わかったよ。僕は櫛……。否。敢えて言うなら、【選ばれし者】支援科シーナの九重明人だ。宜しく」

『我の名はデュラ』


〝〝火炎弾、発射〟〟

《目の前に火炎弾を放ち、僕は敗北する》


「挨拶は後だ。デュランダル! 〝『コードソード』 王斬〟」


 僕は異空間から黄金色の長剣を取り出し、右手でその長剣を構える。

 するとダンテは無詠唱で一メートル程の火炎弾を拳銃並みの速さで放つ。


(的が大きいから避ける事は容易いが、当たれば重傷だな)


〝〝背後、危険〟〟

《背後の不意打ちに気付かず、僕は敗北する》

《火炎弾を回避後、僕は斬られて敗北する》


(どう言う事だ……!?)


 未来視の情報が流れ込み過ぎて、相手の行動が読めない。

 だったら……。


「クソッ! 〝ゼクシードッ!〟」


〝〝火炎弾を受けろ〟〟

〝〝だが現時点では確実に死ぬ〟〟

〝〝ファントムリベレイトを使え〟〟


「だろうな。〝ファントムラストリベレイト〟〝ナイトクリエイター〟」


 ナイトクリエイターにより、右手首に黄色と白、左手首には赤と黒のラバーバンドが装着される。

 僕は火炎弾を態と受け止めると、ファントムリベレイト状態の強靭な防御力のお陰で防ぐ事は出来た。

 だが次は無いだろう。

 ダンテが背後から僕の懐の侵入に成功した所で、僕は躊躇い無く黄金の長剣でダンテを斬り付けた。

 だが斬れた感覚は全くないと言っても過言では無かった。

 懐に侵入したダンテは幻影だったのだ。


(なら本体は炙り出すまで……)


「〝赤き戦場〟」


 世界は赤く染まる。

 この赤き世界で相手は耐性が無ければ大地に立つ事すらも出来ず、跪く事しか方法がない。

 そして絶対的強者の手によって、全ての物を支配し、何処に何が有るのかを把握する。


「そこだッ!」


 僕は何も無い殺風景の草むらに黄金の長剣を投擲する。

 ガキンッと甲高い金属音が鳴り響き、本物のダンテが姿を現した。


〝〝死ぬ〟〟


(ゼクシード……!)


「ウェルギリウス。〝セプテム・ペッカータ・モルターリア〟」

『承認』

「来い。〝スペルビア〟」


 ダンテの持つ黒い魔剣が黄金色の宝剣へと姿形が変化すると同時に、背後からは孔雀の羽の様に無数の黒い魔剣が浮遊状態で召喚される。

 その数、十本。


「まずはこの世界そのものの排除だ……。行け!」


 八本の黒い魔剣はダンテから離れず、他の二本の黒い魔剣は地面に刺さり、地割れを起こして大地を揺るがす。


(フィールド破壊。否、違う。これは……!)


 速やかに赤き戦場を解除させる。

 すると僕の身体は軽装備の筈なのに重い石を持つかの様に身体のバランスが悪くなり、身動きが取れずにその場から倒れた。


〝フリーテラ〟


 すると幼い少女テラの声が聞こえ、白色の杖を出現させて大地に刺すと、やっと身動きが解消された。


「ほう。では、これはどうかな?」


 残りの浮遊する八本の魔剣が、僕を的に捉え、そして放つ。


〝駄目。わたしじゃ出来ない〟

『だったら妾の出番か……?』

「ノット」

『分かっておる』


 異次元から漆黒のドレスを身に着ける白髪の女性、ノットが僕の隣りから現れる。


「ほう……。スベルビアか? これはまた面白い物が見れたの」


 ノットは瞬きをすると、ダンテの持つ黄金色の宝剣以外の全て魔剣が硝子が砕ける様に消滅した。


「明人。グリモワルナを出せ」

「分かった。〝グリモワルナ〟」


 ポンッと黒髪の少女がローブ姿で現れる。


「明人。地面に身体擦り付けてどうしたの? そう言うプレイ?」

「違う!」

「グリモワルナよ。彼奴を止めて欲しい」

「あいよー。って、ああ。そゆこと。絶体絶命だった訳ね」


「小娘風情に何が出来る! ウェルギリウス!」

『退け』

「どう言う事だ」

『奴は本物だ』


「その通り。ウェルギリウスって聞いて、やっと分かったわ。貴方を壊す方法をね。でも残念ね。感知されたわ。フリーテラ。私とノットは王力で消えるから良いけど、明人とその子を連れて逃げて」

〝わかった〟


 テラは白色の杖を使い、僕とサラを別の場所へ瞬間移動させた。



   ◇ ◇ ◇



「一次はどうなるかと思ったよ。ありがとう、テラ」

〝どういたしまして〟


 ギュッと後ろから僕の裾を引っ張り、振り向くとサラが抱き着いた。


「逃げて!」


〝〝死ぬ〟〟


(またゼクシードが……!)


 サラの背後から手の平サイズの魔弾が見えたと思った瞬間。

 それは僕の胸を抉る様に貫いた。

 だが咄嗟に後ろからサラが抱き着いたお陰で急所は回避出来たが、傷口から赤い血が流れて身体には激痛が走った。


 テラは治癒能力を使い、僕の身体を急いで止血しようとする。

 すると正面の奥からゴシックロリータを着た灰色ショートボブの少女が姿を現した。


「運が良いわね、貴方。それを私に渡せば見逃してあげるわ」

「断る」

「そう。なら死ね」


 少女は黒い魔剣を召喚させ、それを握り、前へと駆け出す。

 終わったかと、目前の少女の攻撃を受け入れようと思った瞬間。

 少女の真横から凄まじい速さで何かが放たれる。

 それを直ぐに避けて後ろへ後退すると、少女は軽く舌打ちをした。


「まさか横取りする気?」

「黙れ魔王!」


 女性の声と共に無数の長剣が少女を囲うように出現し、少女を無惨にも串刺しにされた。

 だが少女は布切れのように弾け飛んだ。


(偽物……!?)


 そんな素振りして無かった……。

 僕は結界の存在を見落としていた事に気付いて上を見る。


(まさか……。あの結界、多重……)


 あれが多重に絡み込まれた結界だとするなら、僕達の位置が把握されていたのも納得がつく。


〝〝〝イキタイナラアレヲツカエ〟〟〟


 ふと脳裏に銀髪の少女の面影が過ぎると、僕は思考を加速させた。

 結界そのものを破壊するには並大抵の技では到底辿り着く事は出来ない。

 かと言って瀕死状態の今の身体だと、最上位の技なんて出す事なんて……。


(ナイトクリエイター……。今はこれに賭けるしか無い)


「黒井焔。力を借りるぞ!」


 ナイトクリエイターを犠牲にして、僕は無詠唱である技を上空に向けて放つ。

 それはかの有名なファントムフリーの主人公、黒井焔が放った一つの聖剣にして、最後の切り札。

 その名も……。


「〝フォースキャリバー!〟」


 突如として一本の光の刃が上空を空高く貫いた。

 結界はフォースキャリバーの光の刃に敵う事すらも出来ず、一瞬にして消滅する。

 元々曇り空だった夜の風景が、強い光のお陰で雲が掻き消されて綺麗な夜空が一面に広がった。


(もう駄目だ……)


 僕は力尽いて、その場からバタリと倒れた。

 サラがそれに気付いて僕を呼び掛けるが、身体から力がどんどん抜け落ちていく。

 そして僕はそのまま意識を失った。




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