今年もまた高校生達は戦場と化した見慣れた景色の中で、大規模な戦闘を繰り広げていた。
最後まで生き残ったクラン――絆を深めた者達による集団――には十億の賞金や願い事を一つ叶えるというアルティナの勾玉、そしてクランマスターにはこの世界のありとあらゆる権限が一つ授与された。
――だがこの戦いへ参加する為の資格は、そう簡単な話ではない。
この世界に存在する六つの高等学校に在籍する生徒のみ参加が認められ、個人とクランによる名声や予選を優勝するなどあらゆる手段を用いて期間中に百万ポイントを獲得し、そして二十名ものメンバーを集結しなければ出場する事すら出来なかった。
いつしかこの戦いを〝大規模戦線アルティナ〟と名付けられ、高校生達の間では戦いの頂点へと君臨していた――。
◇ ◆ ◇
宝暦2042年12月。
首都オーディアの東部――市街地アルゼ。
高層ビルが多く建ち並ぶここでは首都オーディアの経済は勿論のこと、何十名もの学者や優秀な若者達が日々研究に明け暮れている。
ふと足を踏み入れると美味しそうな匂いがする飲食店や珍しい品物を販売する露店などがあり、観光客達は多くの通行人が行き交う姿にいつも驚かされていた。
――だが現在は停電が発生している訳でもないのに建物全ての照明は電源ごと落とされ、蛻の殻と言っていい程通行人は疎か住人でさえも市街地アルゼから忽然と姿を消していた。
それもその筈。現在この場所を含む首都オーディア全域は大規模戦線アルティナの区域として選ばれており、出場者以外の一般人は特定の場所へと全員避難されていたからだ。
もしこの場所に部外者が現れた場合、正当な理由がない限り大規模戦線アルティナの規約に反して即死刑が義務付けられている。
だからこそ出場者は何も気にしなくて良い。
存分に己の武器や様々な能力を駆使して戦えと――。
時刻は午後七時。
高さ数百メートルもある超高層ビルの屋上から、赤色の制服を着た男が冬の夜空を静かに眺めていた。
彼の名はジルク。身長はおよそ百七十センチを超え、肌白い己の身体を筋肉に全振りした大柄な体格の持ち主であり、黒い短髪とポピージャスパーの様な深い赤色の目が特徴的な〈狂戦科〉の男子高校生。
ジルクの背中には謎の大型武器を装備し、地上戦特化のパワーアタッカーとして世界に名を轟かせている人物だ。
――だがその反面。ジルクが所属するクラン〈レッドミノタウロス〉には、非常に悪名高い噂で有名だった……。
それは――。
「アルティナの警備が手薄で助かった」
ジルクはそんな独り言を呟きながら気味の悪い笑みを浮かべた。
するとジルクはその場から前へと歩き出し、高さ数百メートルもある超高層ビルを命綱も身に着けずに飛び降りた。
背中に装備した謎の大型武器の重さによって自身の落下速度は通常の三倍以上加速していたが、ジルクからは死の恐怖に怯えている様な表情は微塵も感じられない。
むしろ冷静な表情をするジルクは背中に装備していた謎の大型武器を右手で掴み取り、自身の体内から流れる魔力を使用して謎の大型武器を起動させた。
謎の大型武器は大型の溶接バーナーへと変形し、ジルクは持ち手を右手から両手へと持ち直した。
すると大型の溶接バーナーに刻まれた二つの魔術『落下速度軽減』と『身体強化』が同時に発動し、現在も落下しているジルクの身体には『落下速度軽減』が付与されてシャボン玉が落ちる様な速さにまで低下していた。
この世界では魔法や魔術が存在し、魔力は神様が全ての生物に与えた恩恵の一つとされている。
大型の溶接バーナーの火口から最大出力の青白い炎が噴出されると、ジルクの魔力によってその青白い炎の外側には白い膜の様な物が覆われた。
すると青白い炎は段々細長く伸びていき、青いビームソードの様な見た目へと変化する――その長さはおよそ二十メートル。
ジルクはその大型の溶接バーナーを大きく振り回し、高さ数百メートルもある超高層ビルの中段辺りをスパンッと斜め向きに融解させた。
すると超高層ビルの上段は当然の様に反対側の道路へと滑り落ちていき、アスファルトの地面から白い土埃が上空へと舞い上がる。
ジルクは大型の溶接バーナーの青白い炎を消して、鉄骨上部が赤く溶けて室内が丸裸になった超高層ビルの中へと侵入して静かに着地した。
そう。大規模戦線アルティナでは出場者による破壊行為は全て許可されている。
過去の大戦――〝終焉戦争ラグナロク〟で勝利を収めて解散した世界最古のクラン〈ロストガーデン〉。
そのクランに所属していた英雄達が各地に結界を設置したお陰で、結界範囲内の土地は全て年に一度のみ元の状態へ戻す事が可能だからだ。
ジルクの様に破壊行為を好む出場者達にとって、大規模戦線アルティナはただの遊び場としか見ていない。
何を隠そう。彼等の日常生活では各都市の平和条約によって全ての犯罪行為は規制されている場合が多く、大規模戦線アルティナの開幕と同時に発生する犯罪者達の暴動でしかその鬱憤を晴らす事が出来ないからだ。
――だが部外者ではなく、大規模戦線アルティナの出場者ならば死刑される心配はない。
高揚感と達成感に満たされたジルクは笑みを浮かべながら、半壊させた超高層ビルの亡き骸を自慢げに眺めていた。
するとジルクはその道路付近に一人で佇む銀髪の少女に気付いた。
腰まで伸びた長い銀髪に、か弱そうな小柄な見た目。
そして紅白の独特なセーラー服姿――あれは首都リルラムの月詠高等学校にある特殊学科〈巫女科〉の制服だ。
この少女もジルクと同じ大規模戦線アルティナの出場者である事は間違いない。
――だが〈レッドミノタウロス〉ではこの少女を何故か要注意人物として警戒されていた。
それは少女が〈巫女科〉であると同時に、戦闘記録非公開の謎のクラン〈神楽〉の生き残りだったからだ。
「――ちッ! 見られたか……!!」
ジルクは舌打ちをして、銀髪の少女に対して苛立ちを覚える。
それはこの破壊行為によって、ジルクの居場所を特定される可能性があったからだ。
――だが万が一居場所を特定されたとして半壊した超高層ビルの下から這い上がるしか方法はなく、ジルクは少女――予選である程度少女の情報を入手していた――がここまで来る程の超人的な身体能力がない事を既に知っていた。
もし少女が戦力を隠していたならば、少女が現れた瞬間この場所を焼き払って倒した方がマシだろうとジルクは思い付く。
すると銀髪の少女はすぐに動き始めた。
道路に放置してあった普通乗用車を踏み台にして五メートル程高く跳躍し、半壊した超高層ビルの壁に自身の足が触れると同時に勢い良く上へと駆け抜けていく。
ジルクは銀髪の少女の健気な姿を目で追っていると、突然今まで視界に捉えていた筈の少女の姿をジルクは見失ってしまった――。
額から冷や汗が流れ始めたジルクは、闇雲に銀髪の少女の行方を必死に探し始めた。
「どこに消えた――!?」
するとジルクは突然自身の手元が軽くなった事に気付く。
それはジルクが両手で持っていた大型の溶接バーナーが真っ二つに斬られ、コンクリートの地面にガシャンっと甲高い音が周囲に響き渡る瞬間だった。
ジルクは身体強化の魔術によって、背後から誰かの気配を感じて振り返る――だが目の前に現れた銀髪の少女の持つ二本の刀によって彼は呆気なく斬られた。
「自業自得……」
戦闘不能となったジルクの哀れな姿を見て、独り言の様にそう呟いた銀髪の少女は静かに二本の刀を鞘へと収めた。
するとプルルルと携帯電話の通知音が鳴り響いた。
銀髪の少女は自身のウエストポーチから携帯電話を取り出すと、画面には非通知だと表示されたが態と相手に特定されない為の妨害対策だろうと考え、銀髪の少女は通話ボタンを押して携帯電話を耳へと近付けた。
『姫ー。戦況はどんな感じ?』
「私は無事。男は倒した」
『そう。私達も姫ちゃんが倒した敵の残党倒したから、もう〈レッドミノタウロス〉は敗退決定だね。あとは』
「――待って」
銀髪の少女は遠くから誰かの視線を感じて一歩手前へと歩けば、発砲音と共に背後からパスッと銃弾が地面に当たる音が聞こえた。
狙いは頭だろうと少女は予想して、大規模戦線アルティナに参加するクランの中で一番生き残ってそうな狙撃手を特定する。
そして銀髪の少女は安易にそのクランの名を呟いた。
「〈デスティニー〉が動いた」
『情報提供ありがとう。確かにもう〈デスティニー〉ぐらいしかいないだろうと思ってたけど……。姫ちゃん。それは銃弾に似せた特殊魔法弾だと思うけど、弾の種類はわかる?』
「魔力供給用に特殊加工されてるから分からない。たぶん〈デスティニー〉でへカートを使っている子だと思う」
『あの子ね。アルティナ開始早々に〈オニキス〉のクラマスを倒した……。今から〈デスティニー〉の拠点場所を送るから、姫ちゃんもそこで私達と合流しよ。じゃあね』
プツンッと通話が切断された少女の携帯電話からはツーツーという音が聞こえた。
すると仲間から一通のメールが受信されたので銀髪の少女はすぐに確認すると、〈デスティニー〉はここから北――魔境ディルティアの周辺にいる事が判明された。
銀髪の少女は携帯電話をウエストポーチにしまうと、半壊した超高層ビルから姿を消した――。
◇ ◆ ◇
液晶テレビの画面には、今年の大規模戦線アルティナの様子が生中継で映し出されていた。
戦いは既に最終局面へと移行され、〈デスティニー〉対〈神楽〉による最終決戦が始まっていた。
現時点で把握している生存者は、〈デスティニー〉が三人に対して〈神楽〉はたったの一人。
人数差では〈神楽〉が負けているものの、決して不利ではない状況だった。
それは〈神楽〉のダークホースと呼ばれている銀髪の少女が圧倒的な強さを誇っていたからだ。
彼女は二刀流を用いた連続斬りで魔剣使いの少女を何度も攻め込む姿に、魔剣使いの少女は彼女に対して有効打となる反撃すら与えられない状態が続いて悔しそうな表情を浮かべていた。
そんな二刀流の彼女の背後ではへカート使いの少年に狙われているのにも関わらず、まるで背中に目が付いているかの様に彼女は全ての弾丸を完璧に回避していた。
それに気付いた〈デスティニー〉を指揮する白髪の男性は二人のサポートに入り、魔剣使いの少女には回復をへカート使いの少年には特殊魔法弾を作成しているが、戦況を見れば〈神楽〉の方が一枚上手で彼女の体力が切れない限り〈デスティニー〉には勝ち筋すら見えていなかった。
すると魔剣使いの少女の背後から急に長身の女性が姿を現すと、不意を突かれた魔剣使いの少女は背後を振り向いたが故に二刀流の彼女によって倒された。
『姫ちゃん。ご苦労様』
『もう疲れた……』
あの長身の女性は今まで姿を見せなった〈神楽〉の最後のクランメンバーだったようだ。
大規模戦線アルティナではクランの人数は固定化されているが、クランが敗北するまでの間はクランマスター以外の正確な位置情報は全て秘匿化される為、クランは相手のクランメンバーの位置情報までは把握できない。
長身の女性はそのルールの裏をかいて態と戦闘には参加せず、ずっと魔剣使いの少女が近付くまで待ち伏せしていたようだ。
それも銀髪の少女の攻撃に誘導されて……。
『――まだだ!!』
白髪の男性は叫ぶと木の長杖を構えて、この場にいる全員を巻き込む程の巨大な魔法陣を展開させた。
この魔法が決まれば、〈デスティニー〉の勝利は確実。
そして〈神楽〉は相手の魔法を防ぐ程の体力を持ち合わせていなかった。
すると長身の女性は片手に持っていた拡声器を、白髪の男性に向けて一言告げた。
『ルール違反してますよね?』
『……? 何の事だか……? 負け惜しみも良い加減に』
『――特殊魔法弾の作成規定は、二十発では?』
長身の女性の発言に白髪の男性は思わず硬直し、展開された巨大な魔法陣に乱れが生じた瞬間、生中継を見ていた開催者達の空気が一斉に変化した。
MCの女性は内心驚きを隠せずにあわわと慌て始めたが、自分の立場に気付いてハッと自我を取り戻す。
すると〈教職科〉の上層部達がMCの女性より先に行動し、現場の状況を迅速に調査して〈デスティニー〉の情報をもう一度確認し始めた。
そして〈教職科〉の上層部達による最終決断が終了し、彼等の代表者がMCの女性に情報を流した。
『おおーっと! ここで戦闘終了ッ!! クラン〈デスティニー〉は特殊魔法弾の作成超過により、〈教職科〉からルール違反が認められました!!』
大規模戦線アルティナでは強力な能力や魔法などには個数制限が設けられており、戦闘中の如何なる不正行為も出来ない仕様となっている。
――だが〈デスティニー〉を指揮する白髪の男性は都市内で特殊魔法弾の材料を個人調達したお陰で、本来定められている規定個数よりも大幅に作成していたようだ。
まさかのルール違反という何とも呆気ない終わり方だが、今まさに今年の大規模戦線アルティナの幕が閉じた瞬間だった。
『勝者!! 柊星乃率いるクラン〈神楽〉!!』
MCの女性が勝者となったクランを宣言すると、会場では勝者に対して大歓声が贈られた。
柊星乃と呼ばれた銀髪の少女は持っていた二つの刀を鞘に収めると、隣で喜んでいた長身の女性が彼女を小動物の様に抱き寄せた。
あんなにも低身長な彼女が〈神楽〉の一年生にしてメンバー最強という謎の実力を誇っていた事に、この戦いを見ていた観戦者達は誰も予想すらしていなかったようだ。
一部を除いて――。
ソファーに腰掛けて見ていた男――九重明人は、今まさにこの状況を大いに楽しんでいた。
それは前日の賭博で彼女に全額を投資した明人だからこそ味わえる光景だからだろう。
これで来年こそは明人がアルティナ行きの切符を手に入るのも時間の問題だった……。
明人の身長は百八十センチ程と高く、多少の筋肉は付いているが見た目以上の瘦せ型。短い黒髪にタイガーアイの様な茶色の目が特徴の明人は、これでも無限高等学校一年〈支援科〉に所属する男子高校生だ。
すると明人の隣で同じくソファーで見ていた金髪の少女は右手に持っていた苺オ・レをストローで飲みながら明人に話し掛けて来た。
「お前の予想通り神楽だったな。賭け金と指名した的中率で、お前の目標は達成したか?」
「ああ――この資金なら来年は大規模戦線アルティナに出場できるよ」
この金髪の少女――名前はガオウ。
身長は百四十六センチ程で、成長皆無な小さな胸。短い金髪のボブカットに橙色の瞳が特徴の女の子。見た目よりも少女の様な幼さを感じられるが明人とは同い年であり、ガオウの好物は苺オ・レ全般。
それ以外は特に興味がない為、ガオウは苺オ・レに関しては特に厳しい。
明人は携帯電話で今回の賭博の結果を確認してみると、明人の口座には軽く一兆円を超える程の馬鹿げたポイントが振り込まれていた。
「……そうか。それなら良かった。お前が負けた時は食費や維持費をどうしようかと悩んだが……、これで請求されずに済むな」
「ガオウ。そこまで想定して今回賭けなかったのか……」
「ああ――俺はお前のパートナーだからな。その位しないとダメだろ?」
「ガオウ。ありがとな」
明人は手を伸ばしてしっかり者のガオウの頭を優しく撫でた。
ガオウは明人に子供扱いされてる様な気分になり、ガオウはジト目で明人に「撫でんな、お前……」と小声で囁いた。
すると明人はガオウの返事を無視して是が非でもガオウの頭を撫で続けたが、ガオウの頬は次第に赤くなるが特に怒る様子はない。
それはガオウが明人を信頼している証拠でもあった。
「――お前」
「何だ?」
ガオウは液晶テレビを指差す――。
そこには勝者に贈られる〝アルティナの勾玉〟の映像が流れていた。
「あれが俺達の世界にあった代物で間違いないか?」
「ああ――あれは第六レゾナスレイドで失われた勾玉だ。僕は特徴だけで、アレが何なのか分かったよ」
「じゃあ何でこの世界にあるんだよ? 誰かが故意に持ち運んだとしても、不自然過ぎるぞ?」
「それが分からないから、来年出場するんだよ? 分かってくれ……ガオウ」
そう。明人達はこの世界の住民ではない。実はある世界から異世界転移を果たした者達だ。
明人達がいた元の世界――【クロスレゾナ】では〝レゾナスレイド〟と呼ばれた大規模戦線アルティナに酷似した戦争がある。
――だがレゾナスレイドの様な死人が発生する程の戦争とは大きく異なり、大規模戦線アルティナでは一般人は必ず特定の場所へと避難され、出場者の身体もある程度保護されるので致命傷を負ったとても死亡する事はない。
明人はこの一年間殆どの時間を調査に費やしたが、結局アルティナの勾玉に関しての情報は一切見当たらなかった。
(やはり……実物を手に入れるしか、方法はなさそうだ……)
「まあ来年出場するんだったら大丈夫だな。俺も分からなかったし……」
「ガオウは何かやってたっけ??」
「しただろ――!!」
ガオウは苺オ・レを手に持ち直して、明人に無い胸を張りながら満足そうに見せ付けた。
そう。ガオウはこの異世界に存在しなかった苺オ・レを自力で生み出し、現在は意気投合したガオウの仲間達によって組織化されている。
その為。この世界には異常と思える程、様々な種類の苺オ・レが存在していた。
「ああ……。それね……」
明人は苦笑いでガオウを誤魔化した。
この頃の明人はまだ気付いていなかった。
ガオウの仲間達の暴走によって、全ての苺を支配しているという事実に……。
その後。明人は二年生へと進級し、大規模戦線アルティナの出場を目指した――。