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 紅き:前編 第一部 第一章 
 Ⅰ 乱戦姫 

Ⅰ 02 /02

2話「始業式」


 宝暦2043年4月2日。

 首都オーディアの中心――無限高等学校、略して無限高校。

 桜が舞い散る中。春休みという短い休日が終わり、無限高校の体育館では始業式が始まろうとしていた……。

 無限高校には約十一種類の学科が存在し、生徒達はそれぞれの学科ごとに分かれた指定の場所へと着席する。

 そして白色の制服を身に纏う〈支援科シーナ〉の生徒達の中に、二年生へと進級を果たした男――九重明人が静かに始業式の始まりを待っていた。

 すると明人の右側からいきなり〈支援科シーナ〉の白色のセーラー服を着用した白い長髪の少女が現れて勝手に隣の椅子へ座り込み、少女は明人の右腕を両手で抱き締めながら子猫の様に頬で明人の肩をスリスリと撫で始めた。

 明人が白い長髪の少女に視線を向けると、少女は無邪気さが溢れる笑顔で明人に軽めの挨拶を交わした。


「おはよう。明人」

「おはようございます。椎名さん」


 この少女の名前は椎名しいな白愛はくあ

 身長は百三十五センチで饅頭くらいの小さな胸。腰まで伸びた白い長髪に水晶の様な白く透き通った瞳。小柄な見た目で童顔の少女に見えるが年齢は不明。

 ――だがこれでも白愛は、明人が所属する〈支援科シーナ〉の創立者である。

 白愛が現れた事によって周囲の視線は必然的に明人へと向けられる。

 他の生徒達からすれば白愛は魅力的な美少女であり、余りの可愛さに目の保養にも繋がるからだろう。

 白愛の場合。明人には異常な程までの好意を寄せているが、その反面一般生徒に近付く機会は殆どなかった。


「別に椎名さんは始業式に来なくても、良かったんじゃないですか?」

「――ん。これも調査の一環。資料以外の照らし合わせは必要」

「全くそんな風には見えませんが……。と言うか離して下さい」

「――む! 明人。私語がバレるよ」

「分かりましたよ……」


 明人は白愛を離れさせる為に話し掛けたが返って彼女の機嫌を損ねたのか、白愛はムスッと頬を少し膨らませた状態で明人に向かって軽めに怒って黙らせた。

 すると白愛は明人を抱き締めたまま決して離そうとはせず、逆に仕返しとして白愛は頬を赤らめがら自身の小さな胸を態と明人の右腕に密着させるという大胆な行為をし始めた。

 明人は制服越しに右腕から白愛の小さな胸の柔らかい感触が伝わると何だか変な気分になるが、明人は心を鬼にして自身の精神を保とうと必死に耐えて見せた。

 その一連の状況を見ていた一年の男子生徒達は、明人に鋭い怒りの視線を向けていた。

 ――だが各学科の上級生達が男子生徒達に気付いて小声で軽く注意を促していた。

 各学科の上級生達は知っているからだ。

 白愛が無限高校内で生徒会長と並ぶ程の強さを持っているという事実に、そして明人に関しては白愛のお気に入りである。


 始業式が始まると周囲は一斉に静寂となり……、新任教師の紹介や去年の大規模戦線アルティナの報告などが通常通りに行われた。

 生徒達からすれば校長の話を小一時間程永遠に聞き続けるのは苦行でしかなかったが……。

 明人達の周辺では絶賛睡眠中の生徒や退屈そうに携帯電話を扱う生徒もちらほら見受けられたが、彼等は後日盟約違反として罰金が課せられる。

 春休みのお陰で忘れがちだが、この無限高校にいる者は学校独自の盟約を守る義務がある。


【無限高校の盟約】

[一]オーディアの命令は絶対守れ

[二]無限高校の者は各学校行事に強制参加し、式典の際は私語や居眠り、携帯端末の操作を禁止する

[三]各学科はそれぞれ決められた行動を、クランはクラン関連に基づいた単独行動を全て許可する

[四]生徒に対して特別視や差別、偏見を持ってはならない

[五]如何なる場合でも仲間と共に協力し合える同士であれ


 これが無限高校にある全ての盟約である。

 盟約違反を犯した者は基本的には罰金を科されるが、複数の盟約違反を多く重ねる事によって相応の罰を与える事が可能であり、最も軽い罰は退学処分とされている。


 始業式が終わると、体育館の出入り口には大勢の生徒達で溢れ返っていた。

 勿論。明人達が外に出られる程の余裕は全く感じられず、一度待つ方が無難だと気付いた明人は白愛に話し掛けようと振り向く。

 すると白愛は未だに明人の右腕から離れる様子はなく、明人は軽く溜め息を吐いてしばらくの間待機する事を選んだ。


「混んでますね……」

「……ん。いつもの事」

「僕はいつ解放してくれるんですか……?」

「……ん。一生……、駄目?」

「一生だとガオウに嫌われますよ。それに椎名さんはもう少し人の目にも気にして下さい」

「――ん? 私は別に構わないけど??」


 明人達と同様にしばらく待機する生徒達の中には、白愛の可愛さに魅了されて拝む者や見惚れる者が多い。

 その反面――明人に対しての印象は、至極当然と言っていい程の悪口が飛び交っていた。

 白愛はというと特に何も気にする事も無く明人に接していた様で、白愛は不思議そうに首を横に傾げながらそんな明人を水晶の様な白く透き通った瞳で見つめた。

 すると白愛は明人にまだ甘え足りないのか……、明人に簡単な解放条件を提案した。


「……ん。明人が頭を撫でてくれたら……、解放してあげても良いかな……?」


 明人は白愛の頭を撫でる位で離れてくれるなら別に良いかなと思い、明人は素直に左手で白愛の頭を優しく撫でた。

 白愛のサラサラな白い長髪が軽く揺さ振られ、明人に頭を撫でられた白愛は微笑みながら嬉しそうな表情を浮かべた。

 するとその場にいた生徒達は白愛の可愛さに魅了されて言葉を失い、明人の悪口を言う者は誰一人いなくなっていた。


「……ん。ありがと……」


 白愛は明人に一言礼を告げると、望み通りに明人の右腕から離れた。

 やっと解放された明人がふと出入り口を見れば紺色の制服を着用した〈一般科ジェネラル〉の生徒の姿はなく、その場には数名程の他学科の生徒達しかいなかった。


「じゃあ……、そろそろ行きますね」

「……? 明人、どこか用事……?」

「本校舎に用事があるので、少し行こうかと……」

「――ん。分かった。ばいばい」


 白愛は明人に向けて手を横に振る。

 明人は白愛と別れた後、体育館を後にして本校舎へと向かった。



   ◇ ◆ ◇



 無限高校敷地内の中央――四階建ての大型建造物が慣れた生徒でも迷い易い事で有名な無限高校の本校舎。

 その理由は設備投資で様々な設備が導入された結果であり、至る場所には地図や看板などが所々に配置されている。

 ――だが一カ月更新で新設備が導入される為、本校舎に通う殆どの〈一般科ジェネラル〉の生徒達からは微かな苦情が絶え間なく続いている事で有名だ。

 そして昔使用していた三階建ての旧校舎を好む者もいるが、現在は何処かのクランがクランホームとして使用しているので提案は却下されている。


 明人が本校舎へ到着した頃には始業式の後だというのに、一階にある複数の個室からは数名程の生徒達の声が廊下からでも微かに聞こえてきた。

 この世界の高校生達は変わっており、〈一般科ジェネラル〉以外の生徒達は基本学校行事以外は特に活動はなく、学校特有の単位制度すらも存在しない。だからと言って何もせずに卒業すれば無職決定の駄目人間と化すので、依頼や個人の成果によって枝分かれする生徒がかなり多い。


 明人は廊下を真っ直ぐ突き進み、奥にある個室の扉をトントンっと軽く叩いた。

 すると扉の向こうから青年の様な少し低い声で「良いよ」と返事が聞こえたので、明人は個室の扉を開いて足を踏み入れた。

 部屋の中は机や椅子などといった家具は全て撤去され、その最奥には黒色の制服を着た銀髪の男が足を組んで座っていた。

 男の名前は楠見悟。身長は百七十センチ程で短い銀髪。容姿端麗の整った顔立ちの美青年であり、イーグルアイの様な灰色の目が特徴の楠見は三年で〈魔術科グリモア〉に所属しており、理事長の息子という肩書きがあると同時にこの無限高校の副生徒会長だ。

 そして楠見は、明人が異世界転移者だと知る人物の一人でもある。


「おはよう。良く来たね。二年〈支援科シーナ〉の九重明人」

「おはようございます。まさか始業式が始まって早々に、副生徒会長から呼び出されるなんて思いもしませんでしたよ」

「僕はただ……、九重と楽しく依頼をお願いしたいだけさ。異世界転移者の君とね……。この世界に来て一年が経った現在、九重も彼女の編入手続きで忙しそうだと思ってね」

(何でこの人……。ガオウの編入の件まで知ってるんだ?)


 明人は他学科から楠見に纏わる噂――どの依頼も危険が伴う物ばかり――を聞いた事があり、個人の依頼にしては既に異常な程危険な匂いが漂い始めていた。

 ――だが明人も楠見が話していた様に、ガオウの編入手続きで時間が掛かっているのも事実だった。

 明人が無限高校に入学出来たのは紛れもない白愛による推薦のお陰であり、ガオウはというと入学すら出来なかった。

 それもその筈。明人達はこの世界の住人ではない為、ガオウの編入手続きは審査の段階からならず者として既に落とされていた。

 その事実を知った生徒会長がガオウを明人の従者として招き入れる事で、無限高校の入場を一時的に許可していた。


「また可憐先輩に怒られますよ」

「彼女は今別件で無限高校を離れているから大丈夫だよ」


 明人は生徒会長の名前を口にして、楠見の怪しげな依頼を辞退させる為に忠告する。

 ――だが楠見は生徒会長の不在を理由に、明人の忠告を一方的に無視した。

 これでは話が進まないので、明人は諦めて楠見に話し掛けた。


「それで……、何の依頼ですか?」

「入って来てくれ」

「――失礼します」


 別室に繋がる隣の部屋から、女の子の可愛い声が聞こえた瞬間――その部屋の扉が開いた。

 すると明人達の前に白衣を羽織る紺色のセーラー服を着た桃色の髪の女子生徒が現れ、明人に軽く頭を下げて一礼した。

 身長は百五十二センチ程で、胸はガオウや白愛を比べるまでもない巨乳。腰まで伸ばした三つ編みの桃色の長い髪に、ルビーの様な赤い瞳が特徴の女子生徒。

 白衣を羽織る時点で彼女の学科は〈回復科ティオル〉だと明人は考察する。

 〈回復科ティオル〉の生徒は白衣さえ羽織っていれば、自分自身の戦闘スタイルに似合った制服を選択する事が出来る。

 彼女の場合だと〈一般科ジェネラル〉の紺色のセーラー服を着ているので、戦闘に関しては皆無に等しいだろう。


「彼女は九重と同学年で〈回復科ティオル〉の間宮輝夜だ。九重には彼女の護衛を頼みたい」

(これって……、巻き込まれる系の面倒ごとだよな……)

「急用を思い出したので、断っても良いですか?」

「そう来ると思ったよ。九重は無限高校の盟約第一条を覚えているだろ?」


 明人は無限高校の盟約第一条を思い出す。

 それはオーディアの命令を絶対に守らなければいけない事だ。

 ――だがその場合は首都オーディアを治める現国王ソル・オーディアの押し印が無ければ最初の条件は満たされず、万が一偽物で行使した場合は反逆の罪に問われる。

 そして唯一現国王の押し印が無くても第一条を行使する方法は、国王の関係者とその身内のみ。


「――まさか」

「そのまさかさ。彼女の父はこの首都オーディアの現国王でね。今回の依頼が万が一拒否された場合、無限高校の盟約第一条が強制的に執行される形となるんだ」

「態と羽目たな!! 僕じゃなく、他のクランはいくらでもあるだろ!!」


 明人は楠見が持ち掛けた依頼を真っ向から反論して叫ぶ。

 今回の依頼は現国王の娘という時点で普通の護衛ではなく、クランを対象に取り組むべき重大な依頼だったからだ。

 無限高校には多種多様なクランが存在し、生徒会長が指揮する名高いクラン〈ブレイドコレクター〉は去年の大規模戦線アルティナの出場者だ。

 明人も自身で立ち上げた無名のクランを所有しているが、無限高校内では最下位と言っても過言ではない。

 ――だが楠見の判断も決して間違いではなかった。

 それは明人が異世界転移者だとしても、日頃から真面目でこの一年間受けて来た依頼は全て成績が良く、依頼者からしても明人という存在は〈支援科シーナ〉の中でも、唯一信頼出来る逸材だったからだ。


「可憐がいない現在――副生徒会長の僕が決めても、何も問題はない筈だよ」

「じゃあその理由を聞いても……?」

「何かの手違いで彼女の情報が外部に漏れた可能性があるんだ。現在原因を追って調査中だが……、僕の力量では少しお手上げ状態でね。唯一信頼出来る〈ブレイドコレクター〉の約半数以上の人員が、可憐と共に同行している始末。だから僕は、その次に信頼出来る九重に頼むしか方法がなくてね」

「それなら仕方がありませんね。その代わりと言ってはなんですが……、今回の報酬は」

「――ああ、分かっている。今回の件が終われば僕の権力を使用してでも、必ず彼女の編入手続きを成功させてみせるさ」


 楠見は明人との相互利益を考えて、今回の報酬は敢えて金銭ではなくガオウの編入手続きを優先した。

 実際明人を和解させる為には金銭を支払う報酬よりもガオウの編入に協力した方が楠見にとっては都合が良く、今後もし重要な依頼が現れた場合の対処に明人を手駒として使用出来るからだ。

 楠見の返事を聞いた明人は、安堵して深く溜め息を吐いた。

 明人のクランにガオウがいなければ、今後のアルティナ参戦に向けていくつかの支障が生じてしまうのは事実だったからだ。

 すると今まで口を閉ざしていた輝夜が不安そうな表情を浮かべ、楠見に話し掛けて来た。


「あの……、副生徒会長。一つ聞いても宜しいでしょうか?」

「別に良いよ。今回の件は自由に話して構わない」


 楠見は護衛対象の輝夜を優しく受け入れた。

 今回の依頼には彼女の意見も取り入れる必要があるからだろう。


「私の護衛が男性なんて……。もし私の身に何かあった場合は、どうなるんでしょうか……?」

(何だ……。そんな事か……)

「その時は死刑さ。現国王の愛娘に手を出したんだから当然だろう……」

(おいっ!!)

「だが……、九重がそんな罪を犯すとでも……?」


 楠見はさらりと聞き捨ててはならない言葉を仄めかし、イーグルアイの様な灰色の目で明人を睨み付ける――だが楠見は明人にそれは無意味だろうと瞼を閉じて鼻で笑う。

 すると楠見のその反応に驚いた輝夜がふと明人を見つめれば、明人からは全くと言っていい程悪意が感じられなかった。

 寧ろ今まで明人を男性として警戒していた自分が逆に恥ずかしくなり、頬を赤らめた輝夜は明人からすぐに視線を逸らして一度溜め息を吐いた。


「――失礼しました!! では……、これから宜しくお願いします」


 輝夜は警戒心を解いて改めて明人に向き直ると、輝夜は段々小声になりながらも明人に言葉を伝えた。

 そして明人は楠見との依頼を承諾した後、輝夜を連れて本校舎を後にした。




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