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 Ⅰ 乱戦姫 

Ⅰ 03 /03

3話「正体不明の観察者」


 薄桃色の桜が咲き誇る無限高校の敷地内には、唯一自然に恵まれた雑木林が存在する。

 その場所は本校舎から見て南側にあり、無限高校が建設された当初から南の森と呼ばれている。

 この森の楽しみ方は人それぞれだ。

 天気さえ悪くなければ、気分転換に散歩する者や自然を満喫する者など様々な用途で利用されている。

 その中で最も多い利用者は、〈使役科テイム〉である――。


 〈使役科テイム〉とは従順な魔物と契約を交わし、日常生活や戦闘など様々な場面で共存する者達が集まる通常学科のこと。

 彼らが飼い慣らす魔物にとってこの南の森は最適な育成環境であり、無限高校では人に危害を加えない限り魔物を放し飼いにする事が出来る。

 その為。他学科の生徒達が〈使役科テイム〉の魔物達と触れ合う機会は多く、無限高校では有名な人気スポットの一つだ。


 そんな生徒との遭遇率が高い森林の中を明人は輝夜を連れて、木漏れ日が降り注ぐ一本の林道をただひたすらに真っ直ぐと歩いていた。

 全く接点のない二人にとって一度でも知り合いに見つかれば、変な誤解が生まれそうな状況だった。

 ――だが幸いな事に始業式が終了したこの絶妙な時間帯に生徒は誰一人おらず、明人達にとっては何よりも救いでしかなかった。


「ここは南の森でしょうか……? 旧校舎に幽霊が出るっていう噂がある……」

「ああ――そうだよ。あとその噂って、まだ健在なんだな。知らなかったよ」


 ――そう。この南の森の奥には、当時建てられた三階建ての古びた旧校舎がある。

 去年の秋頃。南の森で肝試しに訪れた生徒達が旧校舎内に現れた少女の幽霊を目撃して以来、調査隊を模した変質者が一目でもその少女の幽霊を拝みたいが為に大量投入されていた時期があり、それには何故か明人が頭を悩ませていた。

 何を隠そう。その旧校舎は明人が生徒会長を経由して入手したクランホームであり、そしてその幽霊の正体は金髪の少女――ガオウ本人だったからだ。

 その後。変質者の彼らは旧校舎が誰かのクランホームだと知り、不法侵入を躊躇って誰も侵入する事すら出来ず、偶然近くを散歩していた〈魔剣科グラム〉の担当教師に見つかって補導されたようだ。


「あの九重さんは、えっと……」

「ん? どうした間宮?」


 急に黙り込む輝夜に明人が気付いて振り向けば、ほんのり頬が赤い輝夜がルビーの様な赤い瞳で、明人を静かに見つめていた。

 熱でもあるんじゃないのかと明人は心配になって輝夜に近付き、そして明人は輝夜の肌白い額にそっと手を当てた。


 輝夜は特に心配する程高熱ではなかった――だが輝夜の体温が、段々上がっている様な気がする。

 明人がそう感じたのも束の間。輝夜は頬どころか顔全体にまで赤く茹で上がり、明人は何か嫌な予感がして輝夜の額から手を放した。

 すると輝夜は混乱状態に陥り、いつの間にか呼吸さえも粗くなっていた。


「こ、こ、九重しゃん……?」

「ごめん。間宮には少し刺激が強過ぎたか……」

「いきなりはしないで下さい――!! ……急にあんな事をされると、その……、心臓に悪いです……」

「ん? 何か言ったか……?」

「何でもありません! ……ふふふ」


 明人は輝夜の小声を聞き取れたが、態とはぐらかされた。

 すると輝夜はフンッと明人から目線を逸らしたが、輝夜は思わず楽しくてつい微笑む。

 その輝夜の表情は普通の女の子と全く変わらず、明人から見ても輝夜が現国王の娘だとはとても信じられなかった。


 実際に輝夜は無限高へ入学するまでの間は箱入り娘であり、ずっと外の世界に憧れていた。

 無限高に入学して一年が経過した現在も、輝夜は男性とある程度の会話は成立するもののそれ以上の関係を築く事は一切なかった。

 その為。最初は明人を男性として警戒していた輝夜だったが、実際は男性に対して人見知りでどう話し掛けたら良いか分からず、偶々呟いた輝夜の独り言が明人に拾われてしまった為、輝夜は恥ずかしさで口を閉ざしてしまっていたようだ。


「間宮。そう言えば、その苗字って呼び難いだろ。知り合いが良く僕を愛称で呼ぶ事があってさ。間宮も気軽に僕の事は、『アキ』って呼んで良いぞ」

「そんな軽々しく……。私は九重さんの事、あまり詳しく知りませんし……」

「……? 別にここは王国でも無いんだし、無限高校の盟約さえ守っていれば大丈夫だろ? それに僕達はこれでも同い年なんだから、もう少し気軽に話しても良いんじゃないのか?」


 王国暮らしに慣れている輝夜にとって、敬語は標準語である。

 堅苦しくも感じるこの敬語に対して輝夜は少し言葉を崩して、今まで一年もの間、高校生活を送っていた。

 ――だがそれはあくまでも同性の友達や生徒のみ。

 輝夜にとって明人は初めての男友達であり、初対面の相手の名前を愛称で呼び合う程の度胸を、輝夜は持ち合わしていなかった。

 これからの人生の事を考えれば、一度明人で男性というものを慣らしておいても輝夜に損はない。


 ただ輝夜には一年生の頃、ある女子生徒と言い争いに発展したことがあり、今も輝夜の記憶の中に残っていた。

 その生徒とは、一年〈回復科ティオル〉の天草あまくさ叶愛とあ

 いつも叶愛の偏見に付き合わされては、悪い男性の特徴を散々聞かされており、終いには輝夜でさえも男性と関わることが嫌いになっていた。

 ――だが二年生になった頃。いきなり叶愛は理由も分からずに無限高校から、楽園シャミオンの英雄高校へと転校してしまった。

 それが輝夜にとって、何よりも救いでしかなかった。


 今の輝夜は明人を見ていると、何故か変に緊張して心拍数が上がってしまいがちであり、打ち解けるまでには少し時間が掛かるだろう。


「はぁ……。分かりました。……アキさん」


 輝夜は明人の提案を断れずに溜め息を吐く。

 すると輝夜は少し恥ずかしそうな表情を浮かべ、小声で明人の愛称を呟いた。

 明人は男性特有の鈍感さによって、輝夜が現在感じている『初対面の異性を愛称で呼ぶ』という恥ずかしさを全く理解出来ていないのは言うまでもない。


「えっと……。では気を取り直して、アキさんが異世界転移者? という事は本当なのでしょうか……? すみません……。さっき隣の部屋で話が聞こえてしまいまして……」

「ああ――本当だよ。間宮にだったら、別に隠す必要は無いとは思うけど、【神門】って言えば分かるか?」

「はい。扉……ですよね。首都オーディアに突然開いた状態の両開き扉が現れ、数日後に閉じました」

「そう。僕はその【神門】から、この世界に転移して来たんだ。まあ可憐先輩達に捕まったけど……」


 神門。その名の通り、転移を目的とした得体の知れない白色の両開き扉だ。

 突如として首都オーディアに【神門】が出現し、明人やガオウがこの世界に訪れる切っ掛けとなったもの。

 ――だが実際は、明人達がいた元の世界【クロスレゾナ】でも同様に、いつ誰が何の目的で作成されたのかは不明である。

 実際の所。【神門】についてはまだ謎が多く、一部の関係者にしか知らされていない。

 現在は監視も兼ねて、首都オーディアの八代目国王ソル・オーディアの所有物として管理している。


「そう……だったんですね。だから無限高校に?」

「――いや。無限高校に入学出来たのは、他でもない〈支援科シーナ〉の創立者――椎名白愛さんに好かれたからかな。だから僕はこの〈支援科シーナ〉に在籍している。まあ〈支援科シーナ〉は他学科と比べて、偏見が多いけど……」

「無限高校は比較的に安全な場所ですよ。盟約によって虐めは禁止されているので、酷い場合だと奴隷送りや即退学処分に繫がりますからね」


 無限高校の盟約第四条は、生徒に対して特別視や差別、偏見を持ってはならないこと。

 そのお陰で無限高校では一般人と貴族の間で発生する衝突や弱い者虐めなどといった行為が、基本的に禁止となっている。

 ――だがそれはある程度の嫌がらせ行為を事前に回避する事が出来るというのみであって、明るみにならない行為は日常茶飯事に行われている場合が多い。

 その為。〈一般科ジェネラル〉以外の殆どの生徒達は予め対人戦闘用の武装を施しており、大体の揉め事は決闘による勝敗で決定している。


「奴隷送りは少し酷い気もするけどな……」

「アキさんって意外と心優しい方なんですね。無限高校にそう仰る方は、誰一人いませんでしたよ。皆さん、盟約違反した方が悪いの一点張りで……」

「意外は余計だ。まあ普通なら、そう考えるだろうな……」


 奴隷。それは全ての身分を剥奪された者の末路。

 この無限高校を含む首都オーディアにおいても奴隷は一般的に存在し、国王のお陰で奴隷は身分のみ自国民として手厚く保障されている。

 ――だが他の都市では奴隷の扱いが酷く認知されており、闇市による売買や強制的に主従契約を結ばれる事案が発生している事が、この世界の現状だ。

 その中でも未成年の奴隷は極めて稀の存在であり、その殆どは人間以外の異種族である可能性が多く、両親による多額の借金返済や盟約違反によって犯罪者から奴隷へと堕ちる者など、経緯は多岐に渡る。


〝《〈明人〉の背後上空に、謎の機械人形オートマタが出現する。〈明人〉に気付かれた機械人形は、青空へと擬態して姿を隠蔽した》〟


(ッ――!! 何だ……??)


 明人は咄嗟に背後を振り返る。

 すると十メートル以上離れた上空に、白い球体の飛行型機械人形が浮遊していた。

 飛行型機械人形は明人の存在に少し遅れて気付くと、青空へ溶け込む様に光学迷彩を使用して自身の姿を隠した。

 そして明人を最初から警戒していたのか、飛行型機械人形は用意周到に自らの気配を痕跡ごと完全に抹消させると、明人の視界から離脱した。


 機械人形オートマタ。この世界では魔術兵器として大量生産される程の既製品であり、外見は獣型や飛行型など使用用途は多岐に渡る。

 その動力源は主に魔物の体内から手に入る魔石を使用しており、飛行型機械人形の性能は攻撃手段や擬態能力がない代わりに、最大時速が三十キロメートル程の速さを持つ。


 あの飛行型機械人形は何者かが意図的に改造した代物だと、明人は生まれ持った直感で見抜く。

 ――だがそれは機械人形の製作に携わる技術者ならまだしも、〈技術科ディルギア〉の生徒の力作では改造に成功する確率が不可能に近い。

 何故ならば、資金面を考慮した上で高校生が並大抵の知識を持っていたとしても、複雑な技術の集合体である機械人形の改造は疎か、正常に動作する事自体難しいからだ。


「どうかしましたか?」

「別に……、何でもない」

「そうですか……?」


 輝夜は不思議そうな表情を浮かべて首を横に傾げながら、明人に話し掛けた。

 輝夜は飛行型機械人形の気配どころか、存在にすら全く気付いていなかった。

 それは明人ですら自身が持つ超能力『未来視』が先に反応していなければ、飛行型機械人形の存在など知る由もなかっただろう。


 未来視。それは文字通り、未来を視る事が出来る超能力である。

 スピリチュアルという分野においても未来視は未来を予知する能力であり、明人は元の世界【クロスレゾナ】で何者かによって付与された能力だ。

 未来視で視た未来は一度も外した事はなく、本来定められたその未来を予め回避する事で、明人は何度も救われて来た。


 明人はこの未来視を、危機的状況や本当に必要な時以外は使用する事は出来ない。

 ただ明人は【クロスレゾナ】で発生した長年の戦闘経験によって、未来視を自発的に行使することが出来る。

 ――だが実際に行使を行えば、明人の精神力は削られて苦しむ程の負担が掛かる制約付きだった。


(これは一度入念に保険を掛けるべきだな……)


 あの飛行型機械人形の怪しい挙動によって明人の警戒心は高まり、輝夜一人を孤立させる事は余り得策ではないと感じた。

 もし所有者が輝夜の情報を外部に漏らした内通者と接点があった場合、明人個人の力では困難を極めるだろう。

 それに〈魔術科グリモア〉の楠見悟の調査によって、内通者が発覚するまでの間は、輝夜が誘拐される可能性を最小限に抑える必要がある。

 その為に明人は、輝夜と行動を共にするべきだろう。

 ――だが輝夜の負担を考えれば、明人の判断でそれを指示する事は出来ない。


(だったら、仲間に頼るしか方法は無さそうだ……)


「そう言えば間宮は、今どこに住んでいるんだ? 王国からだと無限高校は遠いだろ?」

「私は学生寮の近くにあるアパートを借りていますね」

「ああ――あのボロアパートか……」


 東門から近い学生寮とその付近に隣接するアパートは、最短距離で中央の本校舎に到着し易い。

 ――だが南の森を絶対に通る必要がある旧校舎にとっては、かなり過酷な移動距離だと言えるだろう。

 それに輝夜が住むアパートは学生寮と違って、人通りが少ない事で有名な場所。

 もしクラン〈ブレイドコレクター〉が護衛依頼を受けていたならば、その地形から見ても、輝夜には護衛の一人か二人を配置してもおかしくなかった。


「なあ……、間宮。もし良ければなんだけど、僕のクランホームに引っ越さないか?」

「え……っと……、それって……。アキさんと一つ屋根の下で暮らすって事ですか!!」

「何か誤解してないか? 何個か空き部屋があるんだ。間宮が近くに居てくれた方が、万が一誘拐された時の対処がし易くてな……」

「誘拐ですか……。でもクランホームって、無所属でも入れましたっけ?」

「セキュリティを変更すれば可能だけど……、入るか?」

「いいえ!! 私は戦力になれませんので、流石に入れませんよ!!」

「そうか? まあ無所属なら、僕はクランに入った方が良いとは思うけど……」


 この世界のクランは部活やサークルといった物に近く、その殆どは〈ブレイドコレクター〉の様な戦闘系クランが占めている訳ではない。

 非戦闘系ならば家事や運搬、簡易魔術の製作や武器防具屋など数え切れない種類のクランが無数に存在し、個人でクランを立ち上げている者も極めて稀にいる。

 それは無限高校の盟約、第三条に秘密がある。


[三]各学科はそれぞれ決められた行動を、クランはクラン関連に基づいた単独行動を全て許可する。


 この盟約によって、クランに所属する者は無所属よりも自由度が増し、戦闘系クランならば、冒険者の様に魔物を狩る依頼を簡単に受ける事が出来る。


「あの……。アキさんのクランは、アキさん以外に誰か他の方はいますか?」

「今はいない。まあクランホームの旧校舎には、居候がいるぐらいか……」

「居候ですか? ……分かりました。それではアキさんのクランに加入します」

「警戒はしないのか?」

「何となくです。アキさんは人を騙したりしませんよね?」


 確かに明人が人を騙したり嘘を吐く事は、ガオウに誓っても無いと言えるだろう。

 ガオウは明人の純粋な性格が好きであり、人を貶める行為は苦手だからだ。


「分かったよ……。でも間宮……」


 明人は輝夜に、『人を見掛けで判断しない方が良い』という簡単な言葉を伝えなかった。

 否――明人は伝えなかったのではない。本当に伝えるべきなのか、明人自身が躊躇したからだ。

 そう。明人にはある秘密があった。

 それは……


「何か言いましたか?」

「いや――別に何も……。間宮には関係ない話だと思って……」

「そうですか……? だったら私も深く追及したり出来ませんね。あ! そう言えば荷物はどうしましょう……?」

「荷物なら、後で運べば良いだろ。まさかゴミ屋敷とか言うんじゃないだろうな……」


 輝夜は苦笑いした。

 その反応を見れば、満更でもなさそうだ。


「まあクランの加入手続きは、僕が済ませるから良いとして。荷物は沢山あっても別に良いか……」

「色々とすみません……」

「大丈夫。慣れてるから。じゃあ間宮、これからも宜しく」

「不束者ですが……、宜しくお願いします!」


 輝夜は嫁ぐ訳でもなく、明人に対して深いお辞儀をして来た。

 それを見た明人は理解に苦しみながらも、早めに南の森を抜けて旧校舎を目指した。




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