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 偽神〈緑〉編 
 Ⅰ 神眼の創造主と改変の破壊者 
 紅き瞳のイミ 第一章 前日談 

Ⅰ 06 /06

6話「宿屋ネスト」


 歓楽街ガロン――第二冒険者組合クレム。

 リグ公園から帰り着いたテクト達は、中央の窓口へと向かっていた。

 するとそこには二人の帰りを待っていた、金髪ロングヘアの猫耳受付嬢――レーネルと、膝まで伸ばした白い長髪の少女――モルタが、テクト達に気付いて振り向く。

 モルタは基本無口。テクトはモルタとレーネルが上手く話しているのか、少し心配だった。

 ――だがレーネルの表情を見れば、特に変わった様子はなく、テクトは少し溜め息を吐きながら安堵した。


「用事は済んだみたいね?」

「はい」

「ん。おかえり」

「ただいま。モルタ」


 テクトはレーネルと挨拶を交わし、退屈そうなモルタの頭を優しく撫でた。

 するとテクト達の中で一番元気なクリスが、取り返した財布を自慢げに見せびらかしながら、早速レーネルに話し掛けていた。


「この通り、やっと私の財布が見つかったわ!」

「それは良かったわね……」


 クリスの発言に対して、少し引き気味なレーネルは軽く相槌あいづちを打つ。

 そしてレーネルはクリスとの距離を置きつつも、テクトには本音を漏らしながら耳打ちをした。


「あの子はいつもあんな感じだけど、別に悪気はないわ」

「そうですよね……」


 テクトはレーネルに達成した依頼書を渡すと、レーネルから報酬の五千円を受け取った。

 そしてテクトはクリスに紹介された宿屋のことを、レーネルに伝えた。

 ――だがテクトはクリスに約束された通り、宿屋の主人に関しての情報は一言も話さず、レーネルには敢えて自然な流れになる様に話の内容をすり替えた。


「レーネルさん。そう言えばクリスから聞いたんですけど、この辺に格安の宿屋ってありますか?」

「それなら私が良い所を紹介するわ。私の幼馴染に、宿屋を経営してる人が居てね。場所は確か……、この辺りよ」


 レーネルは引き出しから、歓楽街ガロンの地図を取り出す。

 レーネルは鉛筆を使って宿屋の場所を地図に記すと、その地図をテクトに渡した。

 するとテクトの持つ紅色の本レガリアが反応を示し、すぐに宿屋の場所が特定され、テクトの視界には映像として表示された。

 どうやらその宿屋は、歓楽街ガロンの中央通りにある三階建ての建物のようだ。


「私が今から連絡を取って予約するから、テクト君達は先に向かっていても、構わないわ」

「ありがとうございます」

「ん。ありがとう」


 テクト達はレーネルに頭を下げた。

 するとテクトの後ろから軽く肩を叩かれたので振り向くと、テクトの背後で待機していたクリスが微笑んだ。


「じゃあね――テクト。また会いましょ」

「またって、おい……!」

(それ絶対面倒事なんじゃ……)


 テクトにそう告げたクリスは手を振って、さっさと第二冒険者組合クレムを出て行く。

 活発な後ろ姿のクリスを見て、モルタは率直な感想を呟いた。


「ん。好印象」


 モルタがテクトに視線を向けると、テクトは何とも言えない難しい表情を浮かべていた。

 無理もない。いずれ二度目も、面倒事だと裏付けてしまったのだから。


 ――それから数分後。テクト達は第二冒険者組合クレムを後にして、夜の街中へと歩き出す。

 その後。テクト達は歓楽街ガロンの中央通りへと向かった。


 昼夜を問わず、大勢の人々で賑わう夜の歓楽街ガロンでは、橙色の明るい電灯が頭上に灯されており、中央通りと呼ばれるくらいに多くの屋台が建ち並んでいた。

 屋台からは肉汁溢れる脂が乗った分厚いステーキ肉や、異世界ならではの美味しい料理が陳列されており、客はその品物に対して通貨を支払って購入し、仲間と一緒にわいわいと楽しむ光景が見えた。


 この世界の通貨は日本と殆ど変わらず、紙幣や通貨を利用する仕組みだ。

 貨幣制度について異なる点が有るならば、電子通貨は1ポイント=百円相当の価値があり、そしてこの世界には独自の通貨も存在する。

 それは輝翠玉エメルダイトと呼ばれる掌サイズに加工された翠色の鉱石であり、一個で十万円相当と、かなり値の張る代物だ。

 ――だが十万円分の代物なんて、一般的に使用される事は殆ど有り得ず、流通数も極僅かである。


 ふとテクトはCランク冒険者のクリスや、リグ公園で偶然出会った姫路刹那のことを思い出す。

 あの時感じた出来事を振り返れば、テクトの戦闘力は彼女達以上に未熟だという事だ。

 その影響力もあってか、テクトはこれからの行動について深く考え始めた。

 すると隣で見ていたモルタが、険しい表情を浮かべるテクトに気付いて話し掛けた。


「ん。テクト。難しい顔してる。考え事?」

「ああ――ごめんな。どうしたら【紅き】の登場人物達に出会えるのか、自分じゃ良く分からなくてな……」


 現在。紅色の本レガリアに保存された能力は、〈テクト・シュヴァリエ〉と〈姫路刹那〉のみ。

 ――だがテクト自身の能力は、どこまでが再現可能の状態なのかは未知数であり、また姫路刹那に関しても専用の翠玉魔剣ソード・デバイスが無ければ、技を発動する事さえも出来ないだろう。

 その為。今後テクトが様々な能力を手に入れるには、テクト自身が【紅き】の登場人物達に出会う必要がある。

 ――だが【紅き】の登場人物の殆どが高校生であり、接触する可能性はゼロに近い。

 それに特別な異世界転移によって若返る事には成功しているが、そもそもの話。テクト達は各都市の市民では無い為、〈教職科アルティナ〉が掲げる規則によって、彼らの通う高校に編入する事は出来ない。


「テクトも高校生になれば良い。そして今年の大規模戦線アルティナに参加すれば良い」

「それが可能なら、既にやってるよ。自分にとって今年の大規模戦線アルティナは、宝物庫の様な物だからな……。だけどこの改変された【紅き】の世界線でそれらが可能な重要人物は、無限高校〈魔術科グリモア〉の楠見くすみさとししか居ないだろうな……」

「ん。それが難問」

「だろうな……。そもそも現時点で、楠見悟との接点が見当たらないからな……」


 楠見悟とは、無限高校二年〈魔術科グリモア〉に在籍する副生徒会長の男子生徒である。

 様々な分野に関する情報収集によって、難易度の高い依頼を多く熟すエリートだ。

 常に神出鬼没でミステリアスな一面や幾つもの謎が多い彼だが、それでも【紅きの瞳のイミ】に登場する重要人物であるのは間違いない。


「今回の狙い目は、灰色の騎士。レゾナス・ブレイドは、テクトにとって重要な能力」

「だとしても自分達は、まず灰色の騎士の所在地が不明な時点で既に詰んでいる。創造主が本来の物語や様々な設定資料を駆使したとしても、この改変された世界線で何が起こるか分からない」

「ん。それでもテクトは成し遂げる」

「無茶言うな……」

「ん? 神眼とレガリアを持つテクトなら、それが可能」

「…………。分かったよ……」


 モルタの発言に、テクトは溜め息を吐いた。

 こういった強引な発言も、神様と人間の感性が異なる所以ゆえんなのだろう。

 ――それから数十分後。テクト達はレーネルに紹介された宿屋へと到着した。


「ここか……」


 三階建ての洋風なレンガ造りの大きな建物に、二階中央に設置された木製看板には『宿屋ネスト』と書かれている。

 遠くからだと一見普通そうな宿屋に見えるが、外観は建築未経験者なのだろうか、少し歪な突貫工事をした跡が階層ごとに施されている。

 その不釣り合いな構造の建物に、ある意味自由な冒険者と何処か似ていた。


(レーネルさんが話した通り、ここの経営者が元冒険者で間違いないだろう……)


 テクト達は建物中央の両扉を開き、宿屋ネストの中へと入った。

 ロビーは白色のコンクリート壁面に木製の床という極めて簡素な内装であり、休憩所として設置された木製の椅子が何脚か置かれていた。

 奥のフロントには観葉植物が入った植木鉢が両側に二つ置かれ、右側には小さな食事処、左側には便所と二階へ行く為の階段がある。

 外観で見た突貫工事と異なり、内観は少し狭い造りとなっていた。

 すると奥のフロントで呑気に椅子に座っていた、二十代前半の男性と目が合った。


「やっと来たね。レーネルから話は聞いてたよ」


 男性はそう言って椅子から立ち上がると、フロント側の裏口を通り抜け、テクト達のいるロビーへと態々姿を現した。

 彼の身長は百八十センチ程で高く、細い身体に多少の筋肉はあるものの、何処か心細くも感じる印象である。

 そして茶色の短い髪に、紺碧こんぺきの様な青色の狐目が特徴の男性だ。

 服装は黒のティーシャツと青色のジーンズのラフな格好に、緑色の長袖ジャケットを羽織っており、腰には護身用のナイフが両側に二本ずつ――計四本を装備している。


「僕の名前はユーゴ。この宿屋ネストの店主さ。よろしく」

「自分はテクト。こっちは妹のモルタです」

「ん」


 お互いの自己紹介を終えると、ユーゴは少し残念そうな表情を浮かべながら、テクトにある提案を持ち掛けた。


「今、客室が全て埋まっててね。物置部屋で寝泊まりする事になるが、別に兄妹だから大丈夫だろう? その代わり、宿泊費はタダで構わないから」

「ああ……。何か、すみません」

「別に良いさ。今日は初めての依頼だったのに、面倒な依頼ばかりを四件もやってくれたんだろ? 君達を泊めないと、後で僕がレーネルに怒られるかも知れないからね」

「そう言えばレーネルさんとは、どういう関係なんですか?」

「僕が元冒険者だという事は知っていると思うけど……、彼女とは昔パーティーを組む程、仲が良かったんだ。今も時々、この宿屋を使ってるよ」

「ん。修羅場にはならない?」

(おいっ! ちょっと待て!)


「ははは。テクト。君の妹は面白い事を言うね。妻のニコルもレーネルとは知り合いでね。昔と比べ、修羅場にはならないよ」


 ユーゴはモルタの質問に苦笑した。

 修羅場というよりも、既婚者の場合だと浮気問題が付きまとうものだ。

 浮気は男性が多いと聞くが、それは女性も同じであり、結局は男女どちらも変わらない。

 モルタは堂々と『修羅場』と発言していたが、テクトは怖くて言えそうになかった。


「物置部屋は二階の右奥にある。物置部屋の近くに共用のシャワー室があるから、自由に使って構わない。次回からテクト達にも客室は用意するが、まぁ宿泊費はしっかり貰うからな」

「分かりました。ありがとうございます。ユーゴさん」

「どう致しまして。あとで娘のエレーナに、料理を運ぶ様に伝えるから」


 テクト達はユーゴに頭を下げた後、二階に上がる階段へと向かった。

 するとユーゴの姿が見えなくなった瞬間――モルタがテクトに耳打ちをしながら、ユーゴを評価した。


「ん。良い人。でも【紅き】の登場人物じゃない」

「知ってる。だけど口裏合わせぐらいは、やってくれ。モルタ」

「ん――却下。私は最後まで生きる事が出来ない、愚かな人間に興味はない」

「脇役でもダメなのかよ……?」

「ん――ダメ」

「お堅い神様だな……。モルタは……」

「ん。テクトが異常に優しいだけ」


 テクトは去り際に、ユーゴに対して神眼を使用していた。


〝《【未来1】宿屋ネストの店主〈ユーゴ〉は、デウスの侵攻によって戦死する》〟


 デウスの侵攻とは、人間不信に陥った《みどり色神しきがみ》ルシェ・デウス・エメラルダによって発生する大規模戦争。

 その戦争で数多くの戦死者を記録する大惨事となる――だが当分の間は、デウスの侵攻が発生する事はない。


(だからそれまでの間は、ユーゴや戦死する人達も幸せであって欲しいな……)


 テクト達は神眼で未来を視る事が出来ても、その未来を変えてはならない。

 もし未来が変更された場合、今の改悪された世界線と同じ道を辿るからだ。


 階段を使って二階へと上がり、テクト達は長い廊下を渡る。

 そして右奥の番号札がない部屋の扉を開け、テクト達は部屋の中へと入った。

 部屋は白色のコンクリートの壁面に木目調がある天然木を張り合わせた床、壁際には片開きの窓があり、あとはベッドが一つ設置されていた。

 床に関しては掃除が行き届いているのか埃一つ存在せず、片開きの窓から見える景色もそこまで悪くは無かった。

 ――だが所々の場所には、生活必需品と書かれたダンボール箱が積まれているので、ここは物置部屋で間違いないだろう。


(一旦モルタはベッドで寝かせるとして、自分は最悪床で寝れば良いか……)


 するとモルタがテクトの服の裾を引っ張った。


「ん。一緒」

「…………。分かったよ」

(一緒に寝るだけだ。モルタなら、大丈夫だろう)


 廊下から微かな足音が聞こえ、誰かが物置部屋の扉を軽く叩いた。


「あのー、夜ご飯を持って来ました……」

「分かった。今開けるよ」


 少女の声が聞こえると、テクトはユーゴが話していた娘だと判断して、物置部屋の扉を開けた。

 扉の前には茶色のウェイトレス姿の少女が、二人分の食事を載せたトレイを両手で大事に抱えて待っていた。

 少女の身長は百四十センチ、華奢な身体に長い茶髪のポニーテールであり、ユーゴに似て紺碧の様な青色の瞳が特徴の少女。

 服装は茶色のワンピースに白色のエプロンを身に付けたウェイトレス姿であり、紺色のソックスに茶色の靴を履いていた。


「残り物ですけど……」

「別に良いよ。届けてくれて、ありがとね」


 テクトは少女に一言伝えると、重そうなトレイをすぐに受け取った。

 トレイには海鮮料理とライスが二皿、軽めの冷水筒にコップとフォークが二つずつ、バランス良く置かれていた。


「私は娘のエレーナと言います。気軽にエレーナって呼んで下さい」

「自分はテクト。向こうにいるのが、妹のモルタ」

「うわぁ……、お人形さんみたいで可愛い!!」


 その瞬間――我先に飛び出したエレーナは、透かさずモルタに抱き着いた。

 モルタはエレーナの力に負け、本物の人形の様に身動きが取れなくなる。

 するとモルタのオブシディアンの様な黒い瞳が一瞬にして、ジト目へと変わった。


「ん。面倒……」


 エレーナはモルタを見ながら微笑んでいるが、モルタは本当に鬱陶しいのか、未だにジタバタと手足を動かしている。

 ――だが次第に無意味だと判断したのか、モルタは手足を動かす事はやめて、全く止めなかったテクトを睨み付ける様にジト目で視線を向けた。

 それに気付いたテクトは溜め息を吐いた。


「エレーナ、程々にしてくれ。何かモルタが困ってるみたいだから」

「あ……、ごめんなさい」

「ん。避難」

(そう言って、こっち来るなよ……)


 エレーナに解放されたモルタは、急いでテクトの背中に隠れた。


「まあ……、少しの間ここでお世話になると思うから、エレーナもモルタに会いたいなら、いつでも来て良いから」

「ありがとうございます。テクトお兄ちゃん」


 微笑むエレーナに対して、テクトの背後からは不服そうなモルタの視線を感じる。


「じゃあ私は失礼しますね。食器は朝取りに来ますから」

「ああ――分かったよ。ありがとう」


 エレーナは微笑みながら物置部屋を去った。

 そしてテクトは一度トレイをダンボール箱の上に置き、背後にいるモルタの姿を見ずに逃げようと、ある口実を思い付いた。


「さてと、自分は先にシャワー浴びに行って来るよ」

「ん」


 するとモルタはテクトの後ろから服を引っ張る。


「モルタは一人でも浴びれるだろ?」

「ん――ケチ。私達って、生き別れの兄妹っていう設定だったの……?? それとも……」

「…………」


 テクトは深く溜め息を吐いた。

 結局この後。テクトはモルタと一緒にシャワーを浴びる事になった。

 それはテクトがモルタに欲情していた訳ではない。ある意味子供と触れ合う親の気持ちを、テクトはこの時理解してしまった。

 そもそもの話。テクトが一緒にシャワーを浴びた理由は、モルタが自身の身体を洗う方法を理解していなかった事だ。

 終始テクトの指示に首を傾げるモルタの姿を想像してみれば、何となく理解は出来るだろう。


 その後。他の客達が偶然シャワー室の近くを通り掛かる。

 微かに聞こえるテクト達の声に耳を傾けると、客は微笑んだ。

 それは、仲睦なかむつまじくも賑やかな兄妹の会話に、思わず笑ってしまったからだ。



   ◇ ◇ ◇



 テクト達は宿屋ネストに提供された衣類に着替える。

 汚れた衣類が入ったバスケットを運びながら、シャワー室から物置部屋へと戻った。

 テクト達はダンボール箱の上に置かれたトレイに入った海鮮料理を、フォークで刺してはライスが入った皿の中に食材をよせつつ、静かに夕飯を食べていた。

 するとモルタがその海鮮料理の中身を見て、小さな声で失言した。


「ん。残り物にしては、ゲテモノ」

「ゲテモノ言うな……。一応食べ物だからな、これ」

「オーディア特産の苺海老。あの子が好きそう……」


 モルタはテクトの方にゲテモノ――苺の様な甘さが特徴である首都オーディア特産の苺海老を皿に入れ、モルタ自身は一切その苺海老を口にせずに他の食材を口に運んだ。

 そのお陰でテクトの皿の上には苺海老だけが積まれており、テクトは好き嫌いせずにフォークでその苺海老を刺しては口に運ぶことを繰り返した。

 苺海老の色は桃色であり、大きさは通常の海老と特に変わらないが、味に関しては日本に生息している甘海老に似ており、結構美味しかった。


 ふとテクトは、金髪の少女の顔を思い浮かぶ。

 その人物とは、【紅き】最大のヒロイン――イミ。

 彼女の大好物は苺オ・レであり、この世界に存在する苺関連の飲食物が多く存在する唯一の理由は、紛れもなくイミが原因である。

 イミの出身地は元々【クロスレゾナ】という異世界であり、契約者の九重明人と共に白色の両開き扉――【神門】を通り抜けて、この異世界へと転移を果たした。


 イミには〝レゾナス〟と呼ばれる特殊能力――『ノーヴァ』を所有しており、自身の力を無限に増幅させ、乱暴な戦闘方法で相手を捻じ伏せる事が得意だ。

 ――だが格上の戦闘技術を持つ相手や、冷静な対応力を駆使した相手との戦闘となれば、イミはすぐに敗北するだろう。

 イミの戦闘技術には、粗さが目立つ程の未熟さがあるからだ。


「テクトは、あの子に会いたい?」

「いづれ何処かで出会うだろうな。ただ……、敵にはなりたくないけど……」


 テクト達は夕飯を済ませ、今日あった色々の出来事を再び思い返した。


「今日は色々と、大変だったな……」


 テクトはモルタによって、地球から遥々この【紅き】という自身が創作した世界へと異世界転移を果たした。

 歓楽街ガロンでは第二冒険者組合クレムの依頼を熟しながら様々な人達と出会い、そしてテクトは原作【紅き瞳のイミ】に登場する人物――無限高校一年〈魔剣科グラム〉の姫路刹那に偶然出会った。

 その時出会った興奮は今もテクトの心の中には確かに残っており、きっとまた何処かで、【紅き】の登場人物達とは出会う事になるだろう。


(その時は自分でも話し掛ける努力が、少しでも出来ていれば良いな……)


 人は努力次第で夢が叶うもの。

 それまでの間は、険しい崖を登るような難易度を誇るだろう。

 ――だがどの様な形であろうが、結果は必ず出るので、その自らの努力を水の泡にするには勿体無いだろう。


 モルタはテクトとは違い、誰とでも会話が出来ていた。

 テクトもモルタには、少し見習うべき部分があるだろう……。


「モルタ。そう言えば、レーネルさんと上手く話せてたな」


 モルタは地球に居た頃とは違い、テクトと一緒に居なくても一人で会話が出来ていた。

 他の神々に話したら驚かれる程、モルタはテクト以外の人間とは一切喋らなかった。

 するとモルタは一度間を置いてから、テクトに話し掛けた。


「ん。テクトには伝えないといけない事がある」

「どうした?」

「――終焉戦争ラグナロクについて」


 モルタの言葉にテクトは意表を突かれた。


「まさか……、モルタが冒険者組合に残った理由って、そう言う事……だったんだな」

「ん。神眼に導かれたから」


 神眼は、テクト一人の物ではない。

 《神眼の継承者》テクトと《しろ色神しきがみ》モルタ――二つの別々の神眼には相まみれる場合と、そうではない場合が行き来している。


「じゃあ、教えてくれるか?」

「ん。まず終焉戦争ラグナロクは、オーディアの七代目国王ジャック・オーディアの証言によって昔話として現在も語り継がれ、この世界の住民は全員それを認知してる歴史みたい」

「ジャック・オーディアが証言してるなら、オーディア王国内部に、自筆の文献が厳重に保管されているだろうな……。見てみたいけど……」

「ん――現状不可。それでも見たいなら」

「「間宮まみや輝夜かぐやと接触する」」


 テクトとモルタ――二人の声が重なる。

 間宮輝夜とは、首都オーディアの現国王であり叔父の――八代目ソル・オーディアの孫娘。

 そして無限高校一年〈回復科ティオル〉に在籍する女子生徒であり、【紅きの瞳のイミ】に登場する重要人物だ。


「ん……。それなら十一章以降だったら、可能……?」

「…………。まぁ確かに、間宮輝夜本人と接触するなら、【紅き瞳のイミ】十一章以降が適任だろうな……」


 十一章以降とは、今年の大規模戦線アルティナが終了した後のこと。

 元々一般生徒だった間宮輝夜に大きな転換期が訪れ、首都オーディアに受け継がれる特殊学科を手に入れる事で、学生という身分や行動範囲などが拡張される。

 ――だがこの改変された世界線では、上手く物語が進むかどうかは分からない。


「ん。じゃあ語るね」


 モルタはテクトにそう言って、終焉戦争ラグナロクの歴史を語った。


「約千年前の宝暦1040年は、テクトの筋書き通りの歴史。それから二年が経過したある日――勇者が死亡した。勇者は特別な才能を持った、一流の冒険者だったみたい。テクト。その勇者に、心当たりはある?」


 するとテクトは首を横に振った。


「勇者なんて居たんだな? まぁ……あの時代だと、クラン〈ロストガーデン〉以外で強い冒険者が居ても、別におかしくないからな……。勇者の死因は?」

「ん。原初の魔王が、オーディア王国帰還中の勇者一行を奇襲したって話してた」

「それならその勇者でも、討伐は不可能だろうな……」

「ん? 原初の魔王って、凄く強かったの?」

「否――弱点に気付けば、弱いな。まぁそれでも一対一で戦えば、魔法使い相手だと却って不利だろうな……」


 テクトがそう話すと、モルタが興味深そうに話し掛けた。


「ん。その弱点って何?」

「原初の魔王は目が見えないんだ。魔王になる前に、人間の兵士によって、失明させられたからな。だから日頃は相手の気配と魔力の動きを、同時に感じ取る必要があるんだよ」


 テクトがそう言っていると、モルタは何言ってるのか分らんばかりに、不思議そうに首を横に傾げていた。

 それに気付いたテクトが、原初の魔王についての解説をすぐにやめた。


「話を続けてくれ」

「ん――分かった。勇者が死亡して、一年後の宝暦1043年。原初の魔王が率いた十八体の魔王達によって、全ての国が襲撃され、世界は滅亡の危機にまで追いやられたって言ってた。終焉戦争ラグナロクの流れは、テクトが考案したデモンズレイドと大差はなかった」


 終焉戦争ラグナロクが、デモンズレイドとの大差は無い。

 その言葉を聞いただけでも、テクトは安堵した。

 ――だが次の、モルタの発言に覆される。


「でも……、魔王達との激闘の末――椎名白愛は単独で《みどり色神しきがみ》ゾディアック・デウス・エメラルダと遭遇し、何とか討伐に成功して生還したみたい」


 聞きなれない名前に、テクトは少し動揺した。


「ルシェ……、じゃないのか……?」

「ん。私もそれには驚いてる。もしかしたらこの世界には、《みどり色神しきがみ》ルシェ・デウス・エメラルダが存在していないのかも知れない」


 その言葉を聞いて、テクトは一度溜め息を吐いた。


「ゾディアックの特徴は?」

「常に翠色の魔力を帯びた筋肉質な身体に、輝翠玉エメルダイトと同じ様な翠色の目を持つ白髭のお爺さんって言ってた」

「《みどり色神しきがみ》で間違い無さそうだな……」

「ん――私もそう思った。でもゾディアックなんて名前の色神、私も知らない」

「改変された時に生み出された色神か、もしくは改変させた張本人か……。いずれにしても、また顕現する可能性は有り得そうだな……」

(その時までに戦力をつけないと……。また改変されたら終わりだ……)


「それ以外は特に無いか?」

「ん? ヴィオス!!」


 テクトは聞き覚えのある言葉を耳にする。

 ヴィオスは致命傷でない限り、不死に近い存在となる権限だ。

 他者に贈与する事が出来ない代わりに、自身が死を望めば、自害を選択する事が出来る。


「そのヴィオスがどうかしたか?」

「ん。ヴィオスの付与が、だったから……」

「ああ――そう言う事か……。残りの一人はな。オーディア王国の元近衛兵の側近で、確か名前は……」

「ん――その人。たぶん勇者死亡時に、亡くなった人かも知れない」

「え!? ジャック・オーディアと一緒に、自害を選択する予定だったのに??」


 テクトは取り乱すと、すぐに冷静さを取り戻した。


「悪い……。ジャック・オーディアはな。ヴィオスのお陰で元々強靭だった精神が蝕み始めて、自害を選択するんだ。誰かと一緒に自害を選択した方が精神的に休まるかと思って、結果的にヴィオスを付与してしまった元近衛兵の側近と、自害を選択するんだよ」

「ん。ヴィオスは不死になるのに、何故精神が蝕むのか理解出来ない」

「神様には難題だろうな……」


 人間は、不死を手に入れると孤立する。

 それは愛する人々は老い朽ち、不死を手に入れた者のみが一生を生き続け、そして次第にその者の精神は蝕み始める。

 人間は強靭な精神力をどれだけ持ち合わせていようが、精神が蝕み始めれば、話は別だ。

 神様は年を取らないから、年を取る人間の価値観は分からない。


「ん。ヴィオスの話に戻るけど、残りの一名は――テクトじゃないの?」

「はあ!? そんな訳無いだろ??」

「ん。確認しただけ」

「確認も何も、今日異世界転移したばかりだろ? そんな都合の良い話なんて、ある訳が無いだろ」

「そう……」

(と言うか、さっきシャワー浴びた時に、自分の全身見てるだろ)


 ヴィオスが付与された者を見分けるには、身体の一部に黒い模様が刻まれている。

 その為。さっきシャワー室で一度モルタはテクトの全身を見ており、身体に黒い模様の様なものは一切見当たらなかった。


 するとモルタは何かに気付いて目を見開き、急いでテクトに呼び掛けた。


「ん――テクト!! 神眼を使って――!!」


 モルタのその発言に、テクトの神眼が自動的に反応する。


〝《【現在1】〈ユーゴ〉は扉の向こうで、〈テクト〉と〈モルタ〉を盗聴、または監視している》〟


 神眼で視えた真実――現在の状況に、テクトは驚きを隠せなかった。

 そしてテクトはユーゴとは発言せずに後ろへと振り返ると、物置部屋の扉の方へ向けて叫んだ。


「――誰だ!!」


 すると物置部屋の向こう側で待機していたユーゴが溜め息を吐き、すぐに降参を認めた。

 そしてユーゴは物置部屋の扉を勝手に開くと、堂々とした姿勢でテクト達の前へと姿を現した。


「その子が予知能力者だと調べていたんだが――、……そうか――テクト。君もその子と同じ、予知能力者だったのか……」


 ユーゴは何かを悟る様に、テクト達二人が予知能力者だという事に気付く。

 そしてユーゴの紺碧の様な青色の狐目は、テクト達を真剣な眼差しでずっと見つめていた。




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