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 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 02/19

2話「参加資格」


 宝暦2043年4月初日。

 首都オーディアの中心部にある無限高等学校、略して無限高。

 春休みという短い休日が終わり、無限高の体育館では始業式が始まっていた。

 と言っても、新任教師の紹介や去年の大規模戦線アルティナの報告などはいつも通りなのだが、校長の挨拶だけで小一時間程永遠と話を聞き続けるのは苦行でしかない。


 始業式が終わる頃には絶賛睡眠中の奴が数名いれば、退屈そうにスマホを扱う奴もちらほら見受けられた。

 それはどこの学校でも同じような態度をする生徒はいるだろうが、周囲にいる教師の目からは誤魔化せないだろうな。

 アイツらは後日。盟約違反として罰金が課せられる。

 春休みのお陰で忘れがちだが、この無限高にいる以上、学校独自の盟約を守る義務がある。

 それは、ここ。首都オーディアでも同じ事が言えるだろうが……。


【無限高の盟約《第二条》】

『無限高の者は各学校行事は強制参加し、式典の際は私語や居眠り、携帯端末の操作を禁止する』


 一般科コーマの生徒達が教室へ帰る姿を見掛けたが、現在出入り口では大勢の生徒達が密集してる為、全く出られそうも無かった。

 確か出入り口って、それぞれ三方向と離れた場所に配置されていたと思うけど、この調子だとどれを選んでも一緒だろうな。

 だったら一度待った方が無難か……。

 半分以上の生徒の姿がいなくなる頃には、出入り口もある程度スムーズに動けるようになり、どの場所を選んでも移動し易そうに見えた。

 今なら出られそうだな。


「そろそろ行くか……」


 他の学科の事は良く分からないが、一般科コーマの生徒はこの後教室で軽く授業だろうな。

 僕の学科は支援科シーナ。学校行事以外は特にやる事は無く、単位制度すらも存在しない。

 その為一般科コーマ以外の生徒は、基本全員フリーターに近い。

 だからと言って何もしなければ、卒業後は無職決定の駄目人間。成果さえ残せば、そこまで心配する必要は無くなるけど。


 僕は体育館から外へ出ると、待ち合わせとして選んだ近くの売店へと歩いた。

 売店に着くと、片手に紙パックの苺オ・レを持ち、ストローで飲んでいたガオウと合流した。


「ガオウ、ごめん。やっぱり時間掛かった」

「別に俺の事は良いからよ。行くぞ、お前」


 僕はガオウを連れて、アルティナ本部があるという本校舎へと向かった。



   ◇ ◇ ◇



 本校舎へ到着して人の出入りが少ない時間帯を狙って来てみれば、始業式の後だというのに、もう既に個室では数名程の生徒達が教師と話し合っているのが廊下からでも確認出来た。


(少し多いし、出直そうかな……)


 後退るように帰ろうとすると、待てと言わんばかりにガオウが制服の裾を強く引っ張って来る。

 するとガオウは僕の手を握りしめ、優しく声を掛けた。


「俺がいるから緊張するな、お前……」

「わかったよ、ガオウ……」


 少し溜め息混じりに返事を返す。

 するとガオウは微笑みながら、受付へと向かった。


(相変わらず、ガオウには敵わないな……)


 僕は時間潰しにポケットへ手を伸ばし、スマホを取り出した。

 するといきなり。


「馬鹿か! 君は!」


 男性教師の野太い怒鳴り声が聞こえ、僕は手で両耳を塞いだ。


(何だ……。いったい)


 怒鳴り声が聞こえた方向の個室へ目を向けると、そこには男性教師と女子生徒の姿が壁越しからでもはっきりと見えた。

 男性教師はその後も怒鳴り口調で話しており、女子生徒はずっと謝っている。


(何か、やったんだろうな……)


「また貧乏姫、怒られてやんの」


 その個室を遠くで笑っている三人の男子生徒達の内一人がそんな事を口にした。


「次は何したんだ?」

「なんでも、教師の貸した金も使ったらしいぜ」

「おいおい、マジかよ。次は奴隷落ちするんじゃねーの」

「奴隷に落ちたら、すぐに俺達が買おうぜ。ありゃ家を盾にすれば、俺達に貢いで貰えるだろ」


 その場で見ていた男子生徒達は、ケラケラと笑いながら去っていく。

 奴隷。身分を失くした者の末路。

 この無限高にも一般的に存在しているが、学生の奴隷落ちは極めて稀のケースだ。

 多額の借金もしくは盟約違反で奴隷落ちになる者が少なからずいたりするらしいが、僕はなりたくないかな。

 主従契約なんて可哀想だろ。


「大丈夫だったか、お前」


 僕を心配してくれたのか、ガオウはすぐに駆け付けて戻って来た。


「ああ、大丈夫だよ。これぐらいならな。ちょっといきなり過ぎたけど……」

「俺が見てない所でなられると、俺が困るからよ」

「無茶言うな」

『二年支援科シーナの九重明人さん。中へどうぞ』


 すると女性のアナウンスが廊下に響き渡る。


「呼ばれたぞ、お前」

「ああ、そうだな。じゃあ行くよ」


 僕はガオウをその場に残して、個室へと足を踏み入れた。

 中へ入ると目の前には机と椅子が置いてあり、奥には男性教師が着席していた。

 男性教師はノートパソコンで今回の面談内容を見ながら、纏めれた資料に載ってある明人の情報と照らし合わせていた。


「おはよう。座って良いよ」

「おはようございます」


 僕は挨拶を返し、目の前の椅子に着席した。


「今回の要件の前に、君の友達もそこに座る事を許可しよう」

「ありがとうございます。入って良いぞ、ガオウ」

「良く分かったな。教師でも俺の存在に気付く奴がいるんだな」


 ガオウは何とも余裕の表情を浮かべ、隣に立て掛けてあった簡易の椅子を取り出して座る。


「おいっ、お前。受付の……」

「九重君。自己紹介がまだだったね。僕は教師科アルティナ高杉たかすぎとおる教師科アルティナの下層部兼、ここ無限高の教師だ。宜しく」


 高杉は元気良く自己紹介し、僕達に向けて明るくニコリと微笑んだ。

 教師科アルティナの下層部で有りながら教師だと公言する振る舞いに、高杉自身が一般人だと再認識させているような気がした。


「で……。今回の要件についてだが、はっきり言って良いかい?」

「はい」


 高杉は教師さながら僕に難しい表情を浮かべた。


「九重君だけならアルティナの参加資格は許可出来そうだな。だけど君の友達の編入、並びにアルティナの参加資格取得となると、僕には許可出来そうにない」

「理由は?」

「簡単だよ。もし僕が許可すれば、僕の上司、否、教師科アルティナの上層部が黙っていないだろうからね。それに逆手を取られると無限高以外の盟約違反にも繋がると思うからね」

「わかりました。だったら、編入だけでもお願いできますかね?」


 僕は残念そうに応えると、高杉は申し訳なさそうに軽く返事を返した。


「ああ。それなら出来るよ。君のポイント次第だけどね。君なら1人や2人編入する位、容易いと思うけど、ね……」


 高杉は僕達をチラ見しながら話していると、何かに気付いた様に視線が凍りついた。

 視線の先を目で追ってみると、僕達の背後に背の低い銀髪ショートヘアの少年がいた。

 まぁ僕達は背後から何かしらの殺気に気付いてはいたが、面倒なので気付かない振りで押し通すつもりだった。

 だが当の高杉は下層部といえど、本当に一般人だったようだ。

 少年が気配遮断を解除してから、ようやく気付いたのだから。


「副……会長……。何故ここに……?」

「面白そうな話をしていたから、来ちゃったよ」

「来ちゃったって。どういう」

「僕がこの場を引き受けるけど、良い? 高杉先生」


 この銀髪の少年に何かしらの権力があるのか、高杉は黙認するかのように頷いた。


「えーとじゃあ、自己紹介しよう。僕は副生徒会長兼、旧生徒会長兼、現理事長の息子。三年魔術科マギカ楠見くすみさとしだ」

「僕は二年支援科シーナの九重明人。こっちはガオウ」

「その娘の本名は?」

「すみません。本人が恥ずかしがるから言えません」


 何で本名じゃないって分かったんだ?

 確かにガオウなんて名前、珍しいからか……?


「わかった。じゃあ話を戻すけど、九重は模擬戦をやりたくはないか?」

「副会長! 九重君には荷が重過ぎると」

「何で? 戦闘経験がないから? それにしてもおかしいな」


 楠見は机にあった資料をばら撒いた。

 その資料には僕の全情報(個人情報は含まない)が詰まっている筈が、一年生の部分は紙半分で終わっており、あとは空白で何も書かれていなかった。


「それもその筈だ。無限高は九重本人の実力を知ってはいたけど、ずっと一年の頃から見て来た僕達は九重を非戦闘員として認識し、それ程脅威とは思わなかったんだ。だけど二年になって急にアルティナへ参戦するという事は、今後大きく波紋を拡げかねないと僕は悟ったんだ。だからここに来た」


(偶然か? それとも……)


「やれば、どうなる?」

「君の要件を叶えよう。但し模擬戦で敗北した場合は、僕を動かした九重は無限高の退学、二人共奴隷送りだね」

「形式は」

「そうだね。九重一人だと荷が重いだろうし、それだと高杉先生を黙らせないと思うから。二対二のツーマンセル。参加人数は、サポーターがいるから最低三人。サポーター人数の上限は無し。特別に九重の彼女も参加して良いよ。どうだい?」


 負けた時のリスクは高過ぎるが、副生徒会長にしては案外相手にフェアな条件を出してくるものだ。


(ここは副生徒会長には悪いけど、返事を待たせても良さそうだ)


「お前、そんなの楽勝だろ。俺の使いなんだし」


 隣で聞いていたガオウが自信満々に呟くと、楠見はその返事にフッと笑った。


「面白いね、九重の彼女は……。九重はどう思う?」


 ガオウが余計な事を喋ったから、承諾する以外の選択肢が消え失せてしまった。

 対戦相手がクラス代表のメンバーと戦う可能性だってあると言うのに、本当にガオウは……、世話が焼ける。


「わかりました。その模擬戦を受けます。但し生徒のみによる小規模な公式試合でお願いします」

「良いよ。僕もそのつもりだ。大人に任せると、厄介事に巻き込まれるかも知れないからね。じゃあ模擬戦は三日後。それまでに僕も九重の相手を探すけど、九重も頑張ってね」


 楠見はそう言い放つと、この場から立ち去った。

 すると高杉は残念そうな表情を浮かべ、一度僕に謝罪した。


「九重君。ごめん」

「別に良いですよ。それに僕はその情報通りなんで、戦闘経験はその通り名で理解して貰うと有り難いですしね」

「お前、行くぞ」

「わかったよ、ガオウ。では模擬戦後にまた来ます」


 そう言って僕達は個室から退出し、本校舎を後にした。


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●無限高二年支援科シーナ 九重明人(男)


【解決依頼】

 158件。内154件は支給物資の調達によるもの。


【所属ギルド】

 有 無名


【通り名】

《白愛のお気に入り》

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