<< 前へ  目次  次へ >>

 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 03/19

3話「仲間探し」


 本校舎から真っ直ぐ左へ行けば無限高の西門があり、そこから先は首都オーディアの歓楽街へ行く事ができる。

 ただ本校舎が近いから補導対象に成り易く、それ目的で本校舎が建てられた噂もあるので色々と世知辛い世の中だ。


「で……。次は何をするんだ、お前?」

「人数集めかな。一人でも良いから集めないと今日中に」

「すぐに見つかるのか?」

「アルティナの参加メンバーは全員ギルドに加入してるし。それ以外で探すのが一番効率的で良いんだけど、一般生徒は参加対象外だしな」


 身近に手頃な経験者がいれば良いけど、そんな都合の良い奴なんて見つかるかも分からないのが今の現状だ。

 それだと後輩を募集するしか方法がないけど、今だと全員未経験者が多いから、サポートにすら向いてないかも知れない。


「奴隷は?」

「期限が三日だと契約できないな」


 奴隷を雇うには最低一週間の雇用期間が必要だ。

 まあ稀に雇用期間のない者も少なからずいるが、そういう系の信用度は殆ど無いに等しい。

 それに奴隷の身分だと学生証は剥奪されているし、また転入の手続きをする羽目になる。


「まあそれは後にして。飯にしろ、お前」


 ポケットからスマホを取り出すと、もう12時を過ぎていた。

 時間って過ぎるの早いんだな。


「ああ。もう昼過ぎか。ガオウは何が食べたい?」

「ハンバーガーが食べたい」

「じゃあ、ヴェックルだな。食べ歩きで良いか?」

「おう」

(確か次の角を右に曲がれば、ヴェックルだったよな……)


 右に曲がると急にガオウが制服の裾を引っ張って来た。


「おいっ!」

「ん? どうした?」

「危ないぞ」


 すると走っている女子生徒がふと僕の視界に入る。

 女子生徒は目の前の僕を確認せずに、そのままぶつかった。


「痛っ!」

「ごめんなさい。私、今急いでいるので」


 女子生徒は即座に起き上がり、僕に一言謝罪した。

 するとまた走り直して行ってしまった。


「何だよ、アレ?」

(あの女子生徒。どこかで見たような……)


 僕は嫌な予感を感じて、女子生徒が来た方向を恐る恐る見てみると、魔術科マギカ機械人形オートマタが尋常じゃない速さで追っているのが見えた。

 機械人形にしては予算が足りなかったのかと思うくらい、ガラクタを寄せ集めた姿となっていた。


(まあ追われている。で、間違いなさそうだな)


 僕は起き上がると機械人形は僕達に全く興味はなく、女子生徒が走り去った方向へ駆け抜けて行く。


「ガオウ。アレを少し解析したいから、軽く壊してくれないか?」

「良いぞ。お前」


 僕は短剣をガオウに渡し、機械人形に向けて指を指した。

 するとガオウは短剣をナイフのように扱い、機械人形に向けて放つ。

 機械人形の頭に短剣が刺さり、勢い良く粉々に破壊された。

 魔石がある胸のコアは有るが頭部が無い為、視界を捉える為の機能が無くなり、動きが鈍くなって大袈裟に道路で倒れた。


(機械人形って、あんなに頭部脆かったっけ。ガオウ。軽くって言ったよね。コア狙わなかっただけマシか……)


 僕は機械人形に近付き、再起動する前に胸の中央にあった青い魔石に手を触れた。

 するとパキッパキッと嫌な音が聞こえるなと思えば、要である青い魔石は割れてしまった。


(おいっ! これじゃあ解析出来ないって)

〝できるよ。あきひと〟


 幼い少女の声が聞こえ、脳裏から何か情報が浮かんでくる。


━━━━━━━━━━

【依頼者】

 ルリッチェ・オーディア


【作成者】

 魔術科マギカ 佐野慎一郎


【目標】

 間宮輝夜を捕らえること。

━━━━━━━━━━


〝でもこれは、おもてむき〟

「じゃあ裏に出来るか、ステラ」

〝できるよ。これがうら〟


━━━━━━━━━━

【依頼者】

 魔術科マギカ 佐野慎一郎


【作成者】

 魔術科マギカ 佐野慎一郎


【目標】

 間宮輝夜を誘拐すること。

━━━━━━━━━━


「悪趣味だな」


 脳裏から情報が消える前に、スマホに全て書き記した。


〝たすけるの?〟

「どうせ、この一件で本人が直接来るだろ」

〝そう? わかった。きるね。あきひと〟

「ああ助かったよ。ありがとう。ステラ」


 少女の声が途絶えると、脳裏にあった情報は全て消え去った。

 少女の名は、ステラ。

 正式名称。秩序と創造を司る、フリーステラ。

 フリーと呼ばれる約百種ある内の一人の神様。


「ガオウ。解析が終わったから、こっちに来て……」

(何だ? やけに外が騒がしいな)


 咄嗟に周囲を観察するが、人は誰一人もいない。

 だが僕は耳障りが酷いくらい騒がしくなり、意識が遠退いていく。


(何だよ。これ……)

「お前、大丈夫か?」


 ガオウは首を傾げて思わず呟いた。


「大丈夫と思うか?」

「いや。またなっちまっているな」

「気付くの早過ぎ……」

「俺はお前を何年見てると思う?」


 無い胸を張りながら、ガオウはそう言った。


「五年」

「じゃあ少し休もうぜ。俺は何時間でも待っててやるから」

「ああ。悪いな……」

「悪くねぇよ、お前は」


 僕はガオウに手招きされながら、近くにあったベンチに座らせられた。

 特に何もする事もなく僕は青空でも見ながら、症状が完全に消え去るまでの間、時間だけが過ぎていった。



   ◇ ◇ ◇



 もうあれからだいぶ時間が経つ。

 青空はだんだん夕日へ変わっていき、時刻は既に午後5時となっていた。

 昼食は僕がまた再発したら困るからという理由で、ヴェックルを諦めた。

 ガオウは途中から抜け出して惣菜パンを買って来たので、昼食はそれで済ませる。

 僕のこの症状はこの世界では未知の病とされ、今研究は進められているものの伸びが一切見えない。

 それもその筈。この病気は……。


「お前、今からそいつでも捜しに行くか?」

「ガオウ。さっきも言ったと思うけど、今の僕達にそんな時間なんて無いよ」


 午後4時にさっきステラを介して得た情報をガオウと共有した。

 その時もガオウから捜索するか聞かれたが、向こうの機械人形を破壊した時点で作成者本人には気付いているに決まっている。

 だから僕は敢えて捜さずに放置した。

 向こうの動きを様子見程度で見たとしても、どうせいつか現れるのだろうと思えば、別にそこまで気にする程でもない。


「さてと。戻ろうか、無限高に」

「そうだな」


 僕達は歓楽街を出て、無限高の西門へ徒歩20分。

 ここの門が閉まるのは午後9時までだが、始業式があった為、今回は午後6時だ。

 やっぱり30分前になると、無限高の生徒達がちらほら集まり出しているのがわかる。

 無限高には学生寮がいくつもある。でも決して無料ではない。

 学生寮は完全ポイント制で、月末に最高200ポイント支払わされる。

 1ポイント=百円なので、月二万円だ。

 新入生は特典として、一カ月間は無料なので二カ月目で退去される。


「次は何をするんだ?」


 西門を抜けて歩いていると、ふとガオウが話し掛けて来た。


「次は……、食堂に行こうか」

「始業式の日は休みじゃなかったか?」

「だから行くんだよ」


 ガオウは首を傾げながら、僕の行動が分からないみたいだ。


「さっきの女子生徒いたろ。スマホで調べてたら、ガチの貧乏人らしくてな。もしかしたら」

「いるかも知れない? でも食堂に何しに行くんだ? 残飯か野菜クズでも貰うのか……」

「いや。パンの耳だろうな、確実に。無限高は食堂のサンドイッチが美味いからな。大量に余るパンの耳は無料提供なんだよ」


 無限高の食堂は全部で四箇所あり、それぞれの方位に別れている。

 パンの耳があるのは、北にある北星食堂のみ。

 ガオウの言った通り、式典がある時は基本食堂や売店は休み。

 だからそういう時は西の歓楽街に買い出しに行くか、生徒間の売買もしくは生徒が個人経営してる屋台ぐらいしかない。

 徒歩約30分を掛けて、僕達は北星食堂に着いた。

 食堂の窓を見てみるとやはり真っ暗で明かりはなく、元々休みなので人は誰もいない。


「お前の予想は当たったな」


 ガオウが人の気配を感じて気付くが、まだ本人なのかは不明だ。

 僕は食堂の両扉の下で、食い倒れ人形ように倒れている奴に目を向けた。


「誰だ? アンタは。ここで何やってるんだ?」

「……た……」

「だから何を」

「お腹……空きました」

「一旦、起き上がってくれないか」

「はい……」


 そいつは起き上がる。

 面影を良く見てみると、今日僕にぶつかってきた女子生徒だった。


「あれ? 貴方何処かで……」

「それよりも今日は食堂休みだぞ」

「私もさっき思い出しました。でも昼に機械人形に追われまして、ここまで来たものの休みだと知って」

「まあ入れ」

「はい?」


 北星食堂の両扉を専用の鍵で開けて、僕とガオウは中に入る。

 するとガオウは照明を点けて、すぐに厨房へと行く。


「何で持っているんですか? 関係者しか開けれないのに……」


 女子生徒は恐る恐る中へ入ると、面影でしか見えなかった彼女の姿は案外可愛かった。

 桃色の髪は長く三つ編みにし、瞳はルビーのように赤く、顔は美少女だが本が好きそうなイメージが強く、眼鏡が合いそうだ。

 身長はガオウよりも少し高く、胸はガオウ以上に巨乳で、僕は余り胸には興味はないが、男なら全員拝みそうだ。


「ご飯はあるぞ。おかずは無いから何か作って良いか?」


 厨房からガオウの声が聞こえる。

 ご飯があるのは、ありがたい。


「良いぞ、ガオウ」

「ああ、わかった」


 僕が返事を返すと、ガオウは料理を始めた。


「鍵の事を話す前に自己紹介して良いか?」

「はい! よろしくお願いします!」

「そこまで畏まるな……。僕は二年支援科シーナの九重明人。どっちも呼び難いから、アキで良い。向こうにいる金髪少女は、ガオウだ」

「私は二年回復科ティオル間宮まみや輝夜かぐやです。私は輝……、間宮でお願いします」

「わかった。じゃあ間宮。鍵についてだが、これは貰い物だ。物資の運搬を手伝った時に報酬として貰ったんだ」

「報酬ですか……。だったら私には出来なさそうですね」

回復科ティオルだからか?」

「それもあります。でも私は……」

「まあ座れよ」

「ああ、はい!」


 間宮は近くに置いてあった椅子に座ると、ガオウは三人分の米の入った茶碗と箸を先にテーブルに置いた。

 その後。おかずを持ってきた所で僕は棚からコップ三個を持ち出し、冷蔵庫にあった冷水を入れてテーブルに並べた。


「今日のメニューは、ご飯、目玉焼き、卵焼き、スクランブルエッグ、卵入りお吸い物だ」

「卵ばっかじゃないか!」

「仕方ねぇだろ。卵以外まともな材料なかったんだよ。じゃあ、お前はいらねぇんだろ?」

「いや、それは……」

「ふふふ」


 そんな何気ない僕とガオウの会話を間宮は微笑んだ。


「面白いですね。アキさん達は、……見ていて飽きないです」

「そりゃどーも」

「アキさんはガオウさんと付き合っているんですか?」


 唐突な質問にガオウは頬が赤くなり、僕をジロリと睨み付けた。


「何だよ。ガオウ」

「いや。お前と付き合いは長いけど、恋人同士かって言えば、微妙な感じなんだよな……」

「いつも周りが賑やかだったからか? でもガオウだよな。あの時……」

「言うな。恥ずかしいから」


 ガオウは僕を睨むのを止めて、次は間宮を見つめた。


「間宮、だよな」

「はい。そうですけど……」


 ガオウは胸倉を掴むような感じで間宮に近付き、


「俺とコイツはクロスレゾナだ。それに関係上、俺はコイツの保護者であり大切な家族だ。だから恋愛系の質問は基本NGな」

「ガオウさん。アキさんの名前は、コイツじゃないですよ」

「それはただ恥ずかしくて喋らないだけだよ。ガオウとお互いに真名で呼び合っても別に構わないんだが、ガオウが恥ずかしいって言ってるから出来ないだけで」

「え……。それだとアキさんが可哀想じゃないですか」

「そうか? お前、この話はもう終わりな。冷める前に食べるぞ」

「はいはい。わかったよ、ガオウ」


 間宮は何か言いたそうとしていたが、これ以上ガオウを怒らせると飯抜きにされるので、僕は押し黙る事にした。



   ◇ ◇ ◇



「美味しかったです」


 間宮は完食したガオウの作った卵料理に満足し、そう感想のみを残した。

 確かにこの卵料理には一つ一つ味にこだわりがあって、僕でさえも味に飽きずに完食出来たからだ。


「美味かっただろ、お前。茜直伝だぞ」

「道理で美味い訳だ」


 茜。無限高に来る前にいた僕の仲間だ。

 今は何処で何をしているか分からないが、メカニックや通信関連が好きだった彼女だ。上手くやっているに決まっている。


「そこまでラブラブなのに、付き合ってないなんて……」


 間宮は小声で囁く。


「声、聞こえてるぞ」

「すみません」


 ガオウは地獄耳程では無いけど、僕に似て耳が良いからな。

 少し釘でも指すか……。


「ガオウも程々にな」


 隣のガオウに言ってみると、僕から視線を逸らしてガオウは溜め息を吐いた。


「わかったよ……。お前に免じて許しはするけど、気い抜くなよ」

「わかりました!」


 ガオウの冷たい視線に間宮は立ち上がり、返事と共に敬礼した。


(もうそろそろ話を切り替えてみるか……)

「で? 話は変わるが、何で間宮は貧乏人なんだよ?」

「えーとですね……。何故でしょうか?」

「「は?」」


 僕とガオウは口を揃えてそう言った。

 するとガオウは話の展開が見えないので、僕の目の前で眠る様に目を閉じた。


「私いつもお金が無くなるのが早くてですね。無駄遣いしてる筈も無いのですが、気付いたらいつも一文無しになってて。あっ、でも学生寮のお金はお父さんに払って貰っているので……」


(天然かよ……)


「ちょっと待て。間宮は小遣い稼ぎのクエストとか受けた事はあるか?」

「いいえ。アルティナの学生証は持っているんですけど、身分証になる指輪を落としちゃって。今はクエストすら受けられない状況でして……」


 アルティナの学生証。

 僕の持つ普通の学生証とは違い、アルティナの参加資格を取得した者にしか作成できない学生証だ。

 この二つの学生証は主にクエストと呼ばれる依頼をする際に使われる。

 だがアルティナの学生証は大規模戦線アルティナに出場できる資格も取り揃えている為、二カ月に一度、本人確認の為に身分証の提示を求められる。

 学生なら普通の学生証、貴族なら家紋が入った品物を提示すれば良かった筈だ。


「って事は、無くしたのか……?」

「はい……」

「じゃあ、家宅捜索するか」


 ガオウは目を開けると、いきなりそう言い出した。


「女子寮は男子禁制だったろ。俺が行くから、お前は無限高内を捜せ。なくても捜せよ。終わったら、俺達の拠点に集合だ」

「わかったよ、ガオウ」

「良いんですか?」

「ほら、行くぞ」


 ガオウは立ち上がり、間宮の服の裾を引っ張りながら食堂を出て行く。

 一気にもぬけの殻となった部屋には、三人分の食べた後の食器が置いてあった。


「おい……。まあ良いか」


 僕は溜め息を吐きつつ、仕方なく全ての食器を洗って食器棚に収納した。

 厨房を見てみるとガオウが使った全ての材料をメモに残していたので、それに僕の名前を記入して食堂を後にした。


「さてと。少し遅れたけど、こっちも捜すとするか」


 そして僕はある肝心な事を今頃になって気付いた。


(あ……。指輪の特徴、聞いてなくね……)




Page Top