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 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 19/19

□□side幕間「セントラル協会の最期」


 ここは深夜の帝都ギルアス。

 生産区域がある中央には帝都ギルアスでも名高い数多くの企業が建ち並ぶ中、セントラル協会本社の高層ビルは一連の騒ぎによって一際目立つ場所へと成り果てていた。

 本社の周囲には既に多くのマスコミが集結しており、現在は教師科アルティナの上層部達が逮捕した従業員達を尋問し、洗い浚い全てを自白させている状況だ。

 戦武高の戦闘科アルビー武人科バクドの協力により被害者の救出を最優先に行動しているが、悲しい事に生存者よりも死亡者の方が多い悲惨な現状に言葉を失う生徒も少なからず存在していた。

 そんな中、一向に姿を眩ませていた行方不明の男性二人組。

 セントラル協会社長とその下で働いていた会長のゼクトは従業員達を囮にして誰よりも先に生産区域を脱出し、ここから南にある首都オーディアへと逃走を図っていた。

 だが戦闘経験が乏しい彼らには魔境ディルティアを近道として選択する事は出来ず、大きく遠回りするしか方法は無かったが、それでもゼクトの優秀過ぎる下調べによって彼らの逃走計画は順調に進行していた。


 ゼクトはセントラル協会が生み出した莫大な富と名誉によって何不自由なく生活しており、セントラル協会の裏の顔や犯罪行為にも耳を傾けては常に甘い汁を吸っていた。

 そんなある日。アキと呼ばれる情報屋がセントラル協会の全ての情報を盗まれてしまったらしいが、特にそこまで重大に成る程の被害は無かった。

 それもその筈。セントラル協会は過去にも情報屋に盗まれた事はあったが、その時も被害が大きく拡大する事は無かったからだ。

 その結果。セントラル協会は今回の件も甘く見ていたが故に、崩壊の危機まで追い込まれた。

 一人の男、それも学生の手によって……。


「クソ! 九重明人め。次出会った時は必ず殺してやる!」

「まあゼクト君。我々を逮捕しなければ計画が台無しになる事は無かったんだし、オーディアに到着したら盛大に祝おうじゃないか!」


 現在もセントラル協会の怒りの矛先は、情報提供した九重明人自身に集中している。

 その為ゼクト自身にも九重には逆恨みする程の恨みがあり、つい独り言を呟いてしまう始末だ。

 そんなゼクトを元気付けるように肥満体型の社長が何とも緩い発言をして一度和ませた。

 一切焦りを見せない社長のその対応に、ゼクトは怒りを抑えながらも冷静さを取り戻した。

 彼らが首都オーディアにさえ到着すれば今の権力を維持する事は出来ないが、それでもセントラル協会の再建は可能だからだ。


「そうですね。恨みは後からでも良さそうだ……」

「はぁ……。それにしても、まだ着かないのかね」

「社長。ここさえ抜ければ、首都オーディアです」


 ゼクトは長い一本道を指した。

 そこは昔首都オーディアとの戦争で敗れた廃墟と化した集落があり、現在はならず者の移動手段として重宝される場所だった。

 そしてゼクトは何名か傭兵を雇い、事前に人払いをして貰っていた。

 その結果。周囲には全くと言っていい程人影はなく、ゼクト達は互いに目を合わせて一安心した。


「誰もいなくて良かった」

「そうですね」

「ならば、私が先に……」


 足が遅い社長を先に行かせ、ゼクトは社長から距離を取りながら追い掛けた。

 すると次の瞬間。社長は蛇にでも睨まれたかの様にピタリとその場に立ち止まった。

 何事かとゼクトは社長を見れば、社長の胸には一本の黒い槍が刺さっていた。


「社長……!」


 ゼクトは顔面蒼白になりながらも社長へと近付いた。

 するとゼクトは目の前の光景に驚かされた。

 さっきまで誰もいなかった彼らの到着地点には、鈍い茶色の古びた甲冑の騎士と黒装飾の白髪の少女が姿を現していた。

 そしてゼクトが瞬きをする間もなく、社長の目の前に茶色の騎士が現れ、少女の様な幼い声で社長に話し掛けた。


「私の槍。返して下さい」


 茶色の騎士は社長の胸に刺さった黒い槍を強引に抜き取ると、社長は胸から大量の赤い血液を噴き出して魂のない人形の様に前へと倒れた。

 起き上がる気配が無いうつ伏せの社長の亡骸を見て、ゼクトは彼女達に向けて激怒した。


「お前達は何者だ! 俺達が誰か……!」

「雑種が慎め」


 茶色の騎士はゼクトに対して、その場を凍て付かせる程の冷たい視線を向ける。

 すると彼女はそんなゼクトに嫌気が差したのか、血塗れの黒い槍でゼクトを大きく薙ぎ払った。

 ゼクトは背後にあった石壁に激突し、全身の至る場所を骨折して口から吐血した。


「ローゼット。やり過ぎ」

「失礼しました。ジュピター様」


 茶色の騎士ローゼットは白髪の少女ジュピターに対して敬意を払い、ジュピターに向けて静かに頭を垂れた。

 するとジュピターは身動きが取れないゼクトに近付き、モルバタイトの様な緑色の瞳で座り込みゼクトを上から見下ろした。


「セントラル協会会長、ゼクト・セントラル。貴方はもう用済みよ」

「どう……う、事だ……」

「人造人間改造計画、否、と言えば良いかしら。あれはもう私達が手に入れた」

「何故、それを……?」


 ゼクトの疑問に対しジュピターは黙秘し、彼女の後ろで静かに待機するローゼットに呼び掛けた。


「殺して。ローゼット……」

「了解しました。ジュピター様」


 ローゼットは命令通りゼクトに黒い槍を向けて投擲し、彼の心臓は黒い槍により一瞬にして貫かれた。

 すると黒い槍は回収する間もなく木っ端微塵に破壊し、それを見たジュピターは軽く微笑んだ。

 あれは元々耐久値が切れていた訳ではない。

 あの黒い槍は特定の集団を根絶やしにするまで破壊されない呪いが掛けられた、所謂曰く付きの武器だった。

 だとすれば、あの計画を知るセントラル協会の連中はゼクトを最期に全滅したという事だ。


「本当に殺しても良かったのですかね……? 何か情報を得られたかも知れなかったのに……」

「既に情報はサーチ済みよ。それに彼らは口が裂けても話さなかったと思うわ」

「そうでしょうか……?」


 ローゼットは不思議そうに首を傾げた。

 彼らを保護してセントラル協会の権力さえ奪い取れば、多少なりとも利益があったかも知れなかったからだ。

 だがジュピターがそれを望まない以上、ローゼットは命令に背く裏切り行為は許されない為、ジュピターに従うしか方法はなかった。

 するとジュピターの目の前に黒色の騎士が急に現れ、礼儀もせずに頭を垂れた。


「ジュピター様。九重明人を見つけました」

「そう。どうだった? ダークネス」


 そう。この黒色の騎士は九重明人に敗北したあのダークネス本人である。

 ダークネスは以前から九重明人の情報を掴んではいたが、最後までジュピターに報告を躊躇っていたのは言うまでもない。

 だがこの世界で初めて接触し結果はどうあれ敗北した事実をジュピターに報告しなければ、彼女に忠誠を誓うローゼットに牙を向ける事になり兼ねないのは明白であった。


「完敗しました……。御力に成れず、すみません」

「貴方は影の扱いにボロを出す事が多いわ」


 ダークネスは頭を下げてジュピターに謝罪した。

 するとジュピターは弱腰で腑抜けたダークネスを鼻で笑い、彼に追い討ちを掛ける為にジュピターはある提案を否、面白い悪巧みを考えた。


「次は本気で戦いなさい」

「ですが……。俺一人ではどうにも……」

「だったら、あの子達を使用する事を許可するわ」

「それならば、少なからず希望があるとは思いますが……」


 ダークネスは何処か不安そうな表情を浮かべて応えた。

 これでもダークネスは過去のレゾナスレイドで九重明人に接触した唯一の存在だと言うのに、何故ここまで不安になるのか、ジュピター達には意味が分からなかった。

 するとジュピター達の前に背の低い厚着の少女パペットが現れ、病弱そうなダークネスに軽めな挑発を試みた。


「えー、ダークネス? 九重如きで何弱腰になってんの?」

「パペット様。ダークネス様にも事情が」

「負けは負けよ。レゾナスレイドでもないのに、その調子じゃ先が思いやられるって……」


 確かにこのままでは一方的な虐めに見えるかも知れない。

 ダークネスをやる気にさせるには、何が必要なのか仲間だとしても判断できないものだ。

 だがジュピターにはそんなダークネスでも欲しがる物をある程度理解していた。


「だったらこれでどう? 舞台はローゼットが用意する。もしダークネス。貴方が勝てば、私の全てを貴方にあげるわ。但し貴方がもし負けたら、貴方を排除するわ」

「それではジュピター様の身にもしもの事があれば……!」


 誰よりも先にローゼットが異議を申し立てた。

 やはりローゼットもこれには反論して当然だった。

 もしこれが通ればダークネスはジュピターを奴隷にしたり、殺害させる事も可能だからだ。

 だがジュピターはそれも悪くなかった。


「大丈夫よ。ローゼット。私はダークネスを信じてるから」

「ですが……」

「分かりました。必ずや九重明人を殺す事を誓います」


 ローゼットは心配そうに見つめ、ダークネスは頭を垂れながら深く頷いた。

 するとジュピター達は何かの気配に気付いた。


「パペット。お客様よ?」

「あいよー」


 ジュピター達の前に周囲を巡回していた二人組の傭兵が現れた。

 傭兵達はソードデバイスを武装するが機能せず、その中の一人が背後から急に現れた熊の縫いぐるみに丸吞みされた。


「こんな時に何で使えないんだ!?」

「知るかよ。人間……!」


 パペットは巨大な鋏を持ち出して残りの傭兵の悲鳴を聞くことなく、半ば強引に身体を真っ二つに切り裂いた。


「ジュピター? こいつらの処分は任せて」

「お願い」

「りょーかい! 楽しい楽しいデスカーニバルの始まりね。キャハハッ!」


 パペットの笑い声が周囲に響き渡り、血の匂いに釣られた熊の縫いぐるみが人間だった物を掴み取って美味しそうに食べた。


 次の日。

 セントラル協会の二人はその場所を訪れた通行人の手によって、状態が悪い変死体で発見された。

 周囲に配置された監視カメラは全て破壊尽くされ、証拠となる物は一切見つからなかった。

 その為。複数犯の可能性があると見て捜査されたが、継続する間もなく捜査自体が有耶無耶となり、そして全てが闇に包まれた。




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