VRMMORPG『フリー』
それは瞬く間にゲームランキング一位を独占し、数多なゲームの中でも殿堂入りを果たしたMMORPG。
その後。VRシステムの導入により、仮想世界でも楽しめる事が可能となったVRMMORPGでもあった。
このフリーという名前の通り、武器や職業などの選択はプレイヤーの自由。
なので上位職には救世主や魔導師などといったオーソドックスな職業に、国王やオタクなど理解不能な職業も存在した。
VRシステムの導入によって大幅に操作性能が改善され、拡張機能を追加する事で得られる楽しさや無料の五感システム、さらにクリア条件さえも新しく作られた。
それは世界にある七つの様々な都市を全て制覇すること。
そのVR版を初めて体験できる日が来るとは、この頃の俺達は誰も想像していなかった。
それは俺、黒井焔が鳳凰高等学校、通称鳳凰高に入学して二週間が過ぎたある日の事だ。
◇ ◇ ◇
西暦2023年4月。
黒制服の男子生徒は売店で購入した弁当を片手に廊下を歩いていた。
高身長で黒髪ショートに茶色の目といった陰キャ感を出しつつも、真面目に学生生活を送るこの俺、焔は寄り道する事も無く教室へと戻る。
教室には昼休みだからか生徒は数人しかおらず、無駄に騒がしい訳でもなく、物静かな教室風景だ。
一部を除いては……。
「またかよ……」
いつもと変わらない光景に、俺は手を額に乗せて溜め息混じりに呟いた。
左の窓側の一番前にある机が俺の席だ。
その席を挟むように後ろと右の机を合わせ、いつものようにゲームの話で盛り上がる二人の姿があった。
後ろの席に座る黒髪刈り上げショート、肥満体型な黒目の男。
アイツの名前は、長谷川虎太郎。
フリーの名はコタ。ダンジョンで偶然出会った事が切っ掛けで、今は俺をあだ名で『ホムっち』と呼ぶ程の友達。
右側に座る薄めの茶髪ショート、細い身体の割りには筋肉質な黒目の男。
アイツの名前は、佐藤亘。
フリーの名はブリキ。虎太郎とフリーの話をする際に現れたゲーマーであり、俺の友達。
神官で有りながらも、回復系の生産職という普段なら使われる事は無い二つの職業を持つ。
机を避けながら俺は彼等の近くまで来てみたが、ゲームの話で夢中になり過ぎているせいか真横にいるのにも関わらず、亘は俺の存在に全く気付いてすらいなかった。
呆れる程いつものことなので、俺は仕方なく亘に話し掛けた。
「亘。悪いけど、そこを通らせてくれ」
「おお! いたのかよ。魔王様」
「その魔王様ってあだ名、やめないか?」
「別に良いだろ。魔王様」
(良くないだろ)
俺を魔王様と呼ぶのは、フリーで使用する俺のアバターに初代魔王という職業があるからだ。
初代魔王とは超難易度クエスト『魔王への道』で手に入れる事が出来る職業。
だが実際は手に入れる訳でも無く、魔王自身が全プレイヤーを選別し選ばれた者のみ与えられる超絶レアな職業だ。
亘は椅子から立ち上がり、俺が通れるよう机を退ける。
俺は机の上に昼飯を置いてから机を動かし、亘がいる右の机に合わせてから椅子へと座る。
すると虎太郎は俺に対して、ある追い討ちを掛けた。
「空ちゃんにはあだ名許してるのにねー」
「馬鹿か。あの先生は許しても何も……」
「ほらー、デレないデレない」
「デレるかよ!」
ツッコミを入れると虎太郎は未だに茶化してるのか、ピエロの様にニヤニヤしながら笑う。
(何なんだ。この茶番……)
「で。さっき何話してたんだ? 盛り上がり度が半端なかったし……」
売店に行く前まではいつもと変わらずゲームの話で盛り上がっていたのにも関わらず、教室へ戻ってみれば別の話へと切り替わっていた。
虎太郎の口からはVRSという単語が聞こえたので、何事かと尋ねようとしたのだが、二人の茶番に付き合わされて今に至る。
「あー、例のアレね。ホムっち、聞いて驚かないでよ」
「ああ」
「さっき正式にネットカフェでVRSの無料貸出が決定したんだ」
虎太郎のその言葉に俺は歓喜し、思わずガッツポーズを披露した。
俺がそうなるのも無理はない。
VirtualRealitySimulator。通称VRS。
脳に特殊な超音波を流し、強制的に睡眠状態を起こさせ、そのまま仮想世界へ接続する機械。
実際の原理は誰も知らない為、危険視する者も多い。
形状は様々でヘルメットやメガネのような物から、ヘッドマウントディスプレイのような高価な物まで存在する。
価格は非公式の物なら二万円、公式なら四万円。
全身を使用する高価な機械なら、公式のその価格すらも上回り、百万円以上も掛かる。
フリーが一昨年の11月にVR化して、同時期にVRSの登場。
それから五カ月が経過したのにも関わらず、そんな店が急に現れるのは比較的に早過ぎて当然だった。
それもその筈。公式のVRSは未だに完売しており、予約は半年待ち。
その結果。防犯対策によって何処の店も貸出不可と、状況は深刻化している。
「やっぱり喜ぶよな。でも魔王様。あんな物が簡単に貸出できると思えるか?」
亘のその質問に、俺は冷静に返した。
「完全予約制か抽選、どれかなんだろ?」
「当たり。やっぱ俺の魔王様だ。それぐらいはわかって」
「ゲーマーを家来にした憶えはない。……で、どっちになったんだ?」
俺の言葉に亘は少し落ち込むが、直ぐに立ち直る。
「抽選。但し個人じゃなくて団体でな。魔王様もやってみるか? 団体なら俺達の条件は揃っているし」
亘から聞いた話によると、三人から五人までの小規模団体を対象に抽選するイベントらしい。
それを見て虎太郎と亘は、直ぐに抽選したが当たらなかったみたいだ。
そして俺はというと、スマホでその抽選イベントのサイトに入る頃にはイベントは終了していた。
恐るべしVRS。
俺達の落ち込む姿を見て、亘は誰かに電話を掛けた。
数分後。電話を終えると、結果は意外な展開を巻き起こした。
亘の喜びに満ちた表情で大声で叫ぶ。
「よっしゃーー! さっき話してたネットカフェ。条件付きだけど予約取れたぜ」
亘は俺達に向けてピースサインした。
その言葉を聞いて最初は状況に呑み込めていなかったが、しばらく時間が経過してから、ようやく俺達は理解した。
「マジかよ」
「亘君、凄いね」
俺、虎太郎の順に唖然とした言葉を返すと、亘は俺達に勿体振る様な言い方で話し掛けた。
「魔王様、虎太郎、急な話なんだけどさ……。今週の日曜日、昼間は暇か?」
「ああ」
特に大した用事がなかったので、俺は端的にそう応える。
だが虎太郎は違った。
「暇だよ。暇、暇!」
虎太郎は鼻息を荒く、興奮しながら暇を主張してきた。
恐らくその日にVRSを取らなければ、チャンスを失いかねないと思ったからだろう。
「じゃあ決まりだな。場所はメールで送るから、現地集合よろしく!」
亘はスマホを操作して、俺達にそのネットカフェの場所をメールで教えた。
◇ ◇ ◇
そして当日。
俺は地図を頼りに、商店街付近にあるネットカフェの近くへと来ていた。
人気のない裏路地に入ると、俺は道を誤ったのか戸惑り気味だったが、目的の店を見つけるとつい安心してしまった。
するとその店の前で、黒いセーラー服姿の少女が立っていた。
(待ち合わせか?)
少女の身長は女子の平均より低く、背中まで伸びた黒髪。
近付いて見ると分かったが、黒いセーラー服には所々赤色の面が見えた。
(あれって、改造制服っていう奴か)
虎太郎が見たらどんな反応をするだろうかと考えていると、一瞬少女と目が合ってしまった。
少女の肌は白く童顔で、その赤い瞳を見れば最後。
可愛いと思ってしまうのは、男なら当然だと俺は確信した。
だが少女は俺と目が合った時点で、放たれる言葉は案外理解し易いある言葉だった……。
「キッモ……。私を見てメロメロにでもなっちゃった? このロリコン」
俺の頭の中で何かのスイッチが入る。
こんな美少女を近くで見れて良かった。
じゃなくて、俺はロリコンという言葉にキレた。
「おい。誰がロリコンだ。俺はロリコンじゃねーよ」
「アンタ、私から近付かないで。アンタから犯罪臭がプンプンするから」
「んだと。テメェ……」
少女は腹を抑えて大笑いするので、俺は彼女の襟を掴もうと前に出る。
すると横から急に亘が現れて、俺は抵抗すらも出来ずに半ば強引に止められた。
「おい魔王様。何やってんだ。千堂院さんの気に乗せられるなって」
「何すんだ亘。俺よりコイツに味方するのかよ」
亘は深く溜め息を吐いて、ある言葉で俺達を止めた。
「魔王様、やめろって。そんなつるペタ幼女に構ったら、周りから一生ロリコン扱いされるぞ」
それを聞いて正気を取り戻した俺と、少女の逆鱗に触れた亘。
一瞬。時が止まったかの様に思えたが、少女は無言の笑顔で刻一刻と亘に近付いて行く。
「千堂院……さん? 謝るから、許し……」
少女はそのまま右ストレートで亘の頬を殴り飛ばした。
それを目の前で見た俺は、亘を置いて逃げようと試みる。
だが周りの行動パターンが読めているのか、すぐに少女は亘から俺へと視線を切り替える。
「待て」
「はい!」
少女の低い声に、俺は恐怖のあまり気をつけの姿勢になる。
そんな俺の反応も気にせず、少女は淡々と近付いて興味津々に俺の全身を眺めた。
緊迫した状況の中。
鋭い表情の少女を見て俺は何をされるか分からず、軽く冷や汗をかいてしまったのは言うまでもなかった。
すると少女は手を差し伸べて、俺に突拍子もない話を持ち掛けた。
「私は千堂院小日向。今からでも遅くない。私のギルドに入らない?」
ギルドとはオンラインゲームの所属団体を指す。
千堂院と名乗る少女は、いわゆる勧誘を俺にし始めた。
だとしたら亘も……。
俺は亘を見ると今も鼻血を流して気絶しており、千堂院も俺の視線に気付いて会話を続けた。
「そこの下僕も私のギルドにいるよ。今日この日を条件に……ね」
亘が話していた条件付きとはギルドに加入することだったなんて……、やれやれ。
俺は友達とパーティーを組み行動を共にしてはいるが、ギルドとは全く縁もなく無所属だ。
作成に労力は掛かるし、加入するにも条件に見合った目当てのギルドが見つからないなど、俺にはそういう理由があった。
「アンタ数少ない魔王持ちでしょ。だったら……」
千堂院は会話を続けようと口を開いた瞬間。俺は割り込むように返事を返した。
「悪いけど……。俺は断るよ」
「そう、ざーんねん。私のギルド変人ばっかりだから誘えると思ったんだけど……、それなら仕方ないか」
千堂院は素直に俺を諦め、冷めた目で気絶した亘を見ながら言い捨てた。
「何寝てんの? 起きて、私の下僕」
千堂院の呼びかけに亘は反応を示さないので、千堂院はそんな亘をジトーと睨み付けた。
すると悪夢を見たかのように急いで亘は起き上がった。
(亘にとって、千堂院はそこまで恐いのか……)
「忘れる所だったけど。一度誘いを断った相手に、私は無理強いはしない。敵対すれば別だけどね」
さらりと俺にそう言って、千堂院はネットカフェへと歩き始めた。
その後を追いかける亘を見ながら、俺もそのネットカフェを目指して歩き出した。
◇ ◇ ◇
店内へ入れば、外の明るさと比べてやや薄暗い照明のおかげで、ネットカフェの独特な感じが染み渡る。
目の前には受付があり、奥に本棚や個室が見え、二階へ行けばカラオケボックスもある。
それとネットカフェ特有のメニューの豊富さやドリンクの飲み放題もあり、ここは案外居心地がある。
周りを見渡していると、客席側のソファーに毛布から顔を出す不審者を見つけた。
「遅いよ、ホムっち」
その言葉で俺は誰なのか理解した。
その不審者は、虎太郎だった。
「昨日は泊まったのか」
「うん」
「バカだろ、お前」
「何で?」
当日まで我慢できない人を見るような、凄くマヌケ面の虎太郎に俺はそう返した。
まあ分かるよ。その気持ち。
例えるなら、新作ゲームソフト発売日前日。
廃人やゲーマー見たいに喉から手が出るほど欲しいと感じる人達は、前日に手に入れるか、徹夜組として並んで待つか、まあそれは見た事があるだろう。
虎太郎はそういう思考で、このネットカフェに一泊しようと踏み込んだようだ。
「別に良いでしょ。ホムっちには関係ないし」
「虎太郎、お前なぁ」
虎太郎に呆れた俺は深く溜め息を吐き、受付で話す千堂院と亘に目を向ける。
千堂院は従業員と知り合いなのか、今までの経緯を言葉巧みに話していた。
すると亘が嬉しそうな表情で帰って来て、俺達に鍵を見せながら話し掛けた。
「魔王様、虎太郎。遊ぼーぜ」
「亘君。遅いよ」
「虎太郎、スマン」
待ちくたびれていた虎太郎に亘は頭を下げる。
少し時間が掛かったものの、亘の用事は終わったようだ。
(って、虎太郎はその前に……)
虎太郎を見ると、いつの間にか服装が私服へと変わっていた。
周りに毛布が見当たらないので、俺が見ていない隙に虎太郎は急いで着替えて来たとしか思えなかった。
(体育の成績が悪いのにどこでそんなスキル磨いたんだ? ガチで虎太郎に聞いたら、ゲームって答るだろうな、多分……)
「魔王様っ! 反応薄いぞ」
「ははは。悪い悪い」
亘にビシッと平手で叩かれると、俺は笑みで亘を誤魔化す。
そんな俺を見て虎太郎は、いつもの悪知恵が頭に働きかけて何か良からぬことを思いつく。
虎太郎はニヒヒと気味の悪い笑い声を漏らしながら、ひょこっと俺の目の前に現れたと思えば、突拍子もないことを平気で言い始めた。
「ホムっち。罰として、今日は囮役よろしく」
「え……、はああ! 何言ってんだ虎太郎」
虎太郎のぶっちゃけた発言を聞いた瞬間。
俺は虎太郎の胸ぐらを掴み取り、静かに威嚇した。
(なんて事しやがったんだ)
罰にしては囮なんて無謀な役、酷過ぎる場面で使われるに決まっている。
どうやら虎太郎はこの状況を利用して、さっきの件を隠し通すつもりなのだと俺はすぐに気付く。
それにこのタイミングだと隣の亘にも聞こえているだろうし、俺に対して分が悪過ぎるのも計算済みだろう。
すると案の定、虎太郎の言葉に亘は耳を傾けた。
「良い案だな虎太郎。なあ魔王様……。と言うか、もうそろそろ放しても良いんじゃないか?」
亘の声に気付いて虎太郎を見ると、悲鳴すらも上手く聞き取れずに顔色が真っ青な虎太郎を見て、慌てて俺は虎太郎から手を放した。
すると虎太郎は座り込み、口から白くて丸いふわふわとした物が外へと飛び出そうとしていた。
(やばい。やり過ぎた。このままじゃ……)
「俺に対して分が悪くなる一方だ」
「えっ……」
俺の心の叫びを音読する亘の言葉に、俺は思わず口に出して初めてそれに気付く。
亘は全てを知っていた。
知った上で虎太郎を自由に踊らせていた……。
唖然とした表情の俺に、亘はそれに気付いてクスクスと笑う。
「魔王様。今のは虎太郎の自業自得だろ」
「亘……。亘はいつから気付いてたんだ?」
「ああ。なんとなく。俺が来た瞬間に私服が変わってたからな。何かするだろうとは思ってたけど、……なあ虎太郎?」
亘は座り込む虎太郎の頭に軽く手を置いた。
その手から一瞬黒いオーラのような邪気が見えたような気がしたが、決して見間違いではなかった。
亘は満面の笑みのまま静止して、すっと手に力を込める。
すると虎太郎は恐怖を感じて驚いた。
それもそうだろう。
虎太郎からして見れば、亘の存在なんて般若以上の何者でもない筈だ。
だからこそ虎太郎は、その恐怖に耐え切れずすぐに泣き叫ぶしか無かった。
「ひぃぃ。亘君許してぇぇ」
その後。
虎太郎は亘にこってりと絞られ、さらさらの灰へと変わっていた。
「そんな事よりも魔王様」
「そんな事……」
「ん?」
今話に割り込んだのは、虎太郎だ。
さっき亘が言った『そんな事』に反応して傷付いている。
良い気味だ。
「さっきの囮役の件。虎太郎には内緒で頼めないか?」
亘は両手を合わせ、小声で俺の耳に話し掛けた。
(内緒で囮か……。まあ亘の頼みなら……)
「良いよ。でも本当だろうな」
逆に亘を問い詰めると、当の本人はニコっと笑いながら口パクで「本当だ」と告げる。
そこには虎太郎のような狡さや醜さは見当たらなかった。
「魔王様、サンキューな。じゃあ、もうそろそろ行こうぜ。虎太郎はさっさと戻らないと……」
亘が嫌味のように話すと、灰の中から虎太郎が急いで現れた。
(お前は不死鳥かよ)
俺は心の中でツッコミを入れたが、虎太郎は亘から距離を置いていた。
虎太郎にしては珍しく反省しているようだ。
「良し行こうぜ。こっちだ。魔王様」
歩き始めた亘の後を追いながら、俺達は仮設の個室部屋へと向かった。