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 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 05/19

ガオウside「彼を知る彼女」


 間宮とアイツの自己紹介を聞きながら、俺は雪見亭の苺オ・レを飲み干した。

 雪見亭は特殊製法で作られた氷の結晶が入っていて、口の中の温度でその結晶が溶け、ゼリーと化した苺の果肉が口一杯に広がるのが特長だ。


(やっぱり苺オ・レは冷えてると美味いのは当然か……。だが……)


 間宮は邪道である冷蔵庫から、雪見亭の苺オ・レを持って来ていた。


(俺だったら冷凍庫でキンキンに冷やすのに……。何も知らないのかよ。間宮は……)


 俺は間宮を睨むと何かを察したのか少し驚いて、「どうしましたか?」と恐る恐る見つめて来た。


「じゃあ僕は作業に取り掛かるから。ガオウ。間宮を拠点に連れて行ってくれ」

「ああ、わかった。今飲み終わったし行くか。間宮、行くぞ」


 俺は少し声のトーンを落とすと、間宮は俺を直視出来ずに恐がって目を逸らす。


(雪見亭の苺オ・レの恨みは酷いんだからな……)

「はい。分かりました。アキさん、後はお願いしますね」


 恐がる間宮を連れて、俺は間宮の家を出た。

 外へ出ると学生の姿は無かった。

 それもそうだ。既に午後9時を過ぎたのだから学生寮は外出禁止だし、それ以外の学生ぐらいしか外出できないってアイツも言ってたしな。

 俺らの拠点は南門の近くにある。

 ここから歩いても少し時間が掛かるし、俺は間宮に話し掛けた。


「間宮。少し聞きたい話があるんだが……」

「ガオウさん?」

「雪見亭を侮辱するんじゃねぇ!」

「どうしたんですか。急に……」


 間宮はおどおどと後退るので、俺はそれに便乗し間宮を追いかけた。


「間宮。何で雪見亭の苺オ・レを冷蔵庫入れてたのか、全ての苺オ・レを愛する俺が聞いても良いか?」

「ああ。苺オ・レの事でしたか……。ガオウさんのお口に合いませんでしたか?」


(何だ? その反応……)


 それを聞いて、俺は殺意が込み上げて来たが頑張って堪えた。


「冷やすのは基本だろうから許せるけど」

「はい? まあ……」

「果肉が気持ち悪いぐらい、ドロッとなってたぞ!」


 それはもう背筋凍るぐらいだった。

 苺オ・レを楽しんでいる奴からしたら悍ましい程だ。

 腐りかけの苺みたいにドロッドロッの果肉が口の中に広がっていく。

 それを想像しただけでも別の飲料になってしまう。

 雪見亭が天国だとしたら、間宮の出した苺オ・レアレは地獄だ……。


「あれが良いんじゃないですか? わざわざ氷の結晶にしなくてもあの状態の方が飲み易いですし……」


(はあ? アレが良いのか!? 意味がわからん。ん……? 待てよ。何かがおかしい……)


 間宮があの感じの苺オ・レを飲みたいなら、まだ他にもある。

 それなのに雪見亭しか選ばない理由が他にあるのか?


「それなら雪見亭にこだわらず、果汁園の苺オ・レとか、愛のい・ち・ごとか飲めば良いんじゃないのか?」

「何ですか? それ?」


 間宮は本当に見た事も聞いた事もないのか、不思議そうに首を傾げて俺を見つめる。


「知らないのか? 雪見亭よりは古いとは思うぞ」


(間宮って、案外世間知らずだったりして)


「いいえ。そんな飲み物があったなんて、私は聞いた事がありません。雪見亭の苺オ・レはその……、私の妹が大好きでして。個人で購入したものの私には合わなくてですね。あれは試行錯誤の結果なんです」

「それ絶対、妹にも怒られるぞ」

「どうしてですか?」


 間宮は不思議そうに応えるが俺は全力無視した。


「もうそろそろ着くから、あとで試飲してみるか?」

「はい。お願いします。と言いたい所ですが、ここ何処ですか?」


 そこは無限高付近では見慣れない、成長しきった雑草が生い茂る中、管理体制が最低過ぎる程の一本道だった。

 いつもここは人気もないし。

 いつ何が出て来てもおかしくない程の不気味さを放っているけど無理もない。

 アイツが整備に費用投資してはいるが、潤っている訳でもないし、そもそも2人だけだし仕方がない。

 ここからもう少し先に行けば、俺達の拠点があるしな。


「ここは南の森周辺だな」

「南の森!? あの幽霊が出るという旧校舎の……」

「間宮。旧校舎の場所知ってるのか?」

「知ってるも何も曰く付きですからね。場所までは把握してませんがこの辺ですよね? まさかアキさんの拠点って……」

「着いたぞ……あっ……」


 俺は思わず、ある事に気付く。

 苺オ・レの話に夢中になり過ぎて、防犯対策の術式を解除する事を俺は完全に忘れてしまっていた。

 今まで人を呼んだ事が無かったから解除しなかったものの、そう言えば今日は間宮がいたよな。

 この後。古びた旧校舎のお化け屋敷風のダミーを見た瞬間。間宮は悲鳴を上げながら叫び、そのまま気絶したのは言うまでもなかった。



   ◇ ◇ ◇



 俺は気絶した間宮を抱き抱えて旧校舎の玄関へと入る。

 旧校舎は三階建てで大まかな教室や設備は本校舎と変わらない。

 各階事に教室と呼ばれる部屋が四つ。

 ここは防犯対策としてアイツが一階をお化け屋敷風に改造していて、俺達が利用しているのはニ階と三階だ。

 まあぶっちゃけ旧校舎全体は大金払って人払いの術式を広範囲に設置してるとか言ってたし、部外者が入る事は滅多に無いんだけど……。

 俺は西階段を上がって三階へ行くと居間に使っている教室へ入り、間宮をソファーに下ろした。

 この部屋は半分が居間で、もう半分は壁で二つに分けて俺とアイツの部屋として使っている。


「まだ起きねえのか……」


 俺は冷凍庫からキンキンに冷えた雪見亭の苺オ・レを取り出して間宮の頬に当てた。


「…………冷た」

「起きたか、間宮」

「どんな起こし方してるんですか……」


 間宮はボソッと呟く。

 俺は顔を近付けて間宮に聞こえる様に軽く囁いた。


「雪見亭の恨み」

「って……。まだ引きずってたんですか……」

「まあな……」


 起き上がらないので、もう一度間宮の頬に当てた。


「冷た。……アキさんに言い付けますよ」

「許容範囲だと思うぞ」


 間宮は悔しそうに起き上がる。

 周囲を見渡す間宮を見つつ、俺は雪見亭の苺オ・レを冷凍庫に戻した。


「ここがアキさんの拠点ですか?」

「ああ。まあ殆どは家と大差のない暮らしをしているな」


 間宮は苦笑する。

 事実上この旧校舎は拠点というより、ここが俺達の家なんだけどな……。


「どうやって購入したか分かりますか?」

「旧校舎には入居条件として土地の権利書とギルド開設提案書、生徒会長の推薦による建物の利用権利書、校長には月一に活動内容と管理権限の報告がある」

「ここ。ギルド……、だったんですか」

「ああ。ここにギルド開設しないと駄目らしい。生徒会長が言うにはな」

「アキさん。生徒会長と仲が良いんですね」

「そりゃあ、あの生徒会長が俺達を無限高に推薦した位だし……」

「何言ってるのか分かりません?」

「知らねえのか? 無限高の一部の奴等は、生徒会長が勝手に連れて来たりするって」


 間宮は知らないみたいだ。

 するといきなり念話が繋がった。


『ガオウ。それ極秘情報』

(何だ。お前、念話か?)

『それとガオウ。な……、いや何でもない。まあそれは口外禁止だから、上手く丸めてくれると助かる』

(ああ。わかった)


 アイツとの念話がプツリと切れた。

 何か隠しやがったな。

 まあ今はこっちを片付けないと……。


「何かありましたか?」


 間宮は黙っている俺を見て心配そうに尋ねて来た。


「いや。今話した事、口外禁止なの忘れてたなって」

「私に話しても良かったんですか」

「間宮だから良いだろ」

「何ですか。その安直な理由……」

「少し話を戻すぞ。俺らは実力と能力を知った上で、生徒会長が無限高ここに連れて来たんだ。一応間宮にも聞くけど、異世界人が異世界の高校に入れると本気で思うか?」

「いいえ。私だったら研究所などで実験を……。……そういう事でしたか。わかりました」


 間宮は一度黙り込んだが何かに理解したのか、すぐに納得した。

 生徒会長がどういう人物でどんな性格なのか、確実に一年はその面影を知っている筈だからか、今の話を理解できたのだろうと俺は思った。


「では、行動を移したのはいつですか?」

「一年の夏に旧校舎の入居条件を知って、移住したのが冬だったな。それまでは南の森にテント張ってたな」

「学生寮は使わなかったんですか?」

「アイツが初登校初日に自主的に鍵返却したな。俺はどうでも良かったけど……」


 それによって何人かの生徒達からは心配されたり、逆にからかわれたりもした。

 教師はだいぶ驚いていたって俺は風の噂と流れてきた情報で知ったが、アイツは何も気にせずに言わなかった。


「もうこの話は良いだろ。俺はアルティナのサポーターに関する資料持って来るから、間宮はこれでも飲んでろ」


 俺は冷蔵庫から『果汁園の苺オ・レ』と書かれた中ぐらいの紙パック容器を取り出し、ストローをさして間宮に渡した。


「これが苺オ・レ?」


 間宮はきょとんとした表情してたが、俺はアイツの部屋へ行く。

 戸棚から『アルティナの初心者ガイド《サポーター編》』と書かれた一般的な本と、『アルティナの用語辞典』と書かれた分厚い辞典を取り出して居間へと戻る。


「間宮。これが資料だ。間宮?」

「こ……、これは……。なんて瑞々しいんですか」


 俺が一度目を離した隙に、間宮は感動しながら飲み続けていたみたいだ。


「そりゃそうだろ。次は果汁園か?」

「いいえ。そんな訳では……。でも何で瑞々しいって分かるか、ガオウさんなら知ってますよね」

「ああ。その『果汁園の苺オ・レ』には作成者レイラ・メイデンが厳選した自家製の苺、メイデンの苺が使用されている。果汁率は確か10パーセント。ミルクはラスティー産の上品な物を使用し洗練されたレシピにより完成した、甘酸っぱさを控えめに瑞々しさが特長の苺オ・レだ」

「詳しいですね」

「まあな。ほら、これ」


 俺は間宮に資料を渡す。

 間宮は受け取ると分厚い辞典を見ながら苦笑した。

 辞典だから二日で覚えろとは思っていないだろうが、それ。結構重要な項目が記されているんだけどな。


「間宮。その初心者ガイド本は二日で読破な。そっちの辞典は用語辞典だから調べる時に使え。この居間は自由に使って良いからな。あとは何かあるか?」

「えっと……。ガオウさんは今から何を?」

「コンビニに行く。果汁園飲まれたから買いにな」


 間宮は何も返事を返せない。

 それもその筈だ。

 今、飲んだからな。


「んじゃ。サボるなよ」

「サボりません」

「そっか……」


 俺は居間を出て、旧校舎を後にした。



   ◇ ◇ ◇



 俺は近くのコンビニには行かず、アイツの様子を見に間宮の家へ向かっていた。

 合い鍵で扉を開けて中へ入ると、アイツの後ろ姿が見えて少し安心した。

 だが近付くにつれて、俺はある事に気付いた。

 何も変わっていなかった。

 最後に見た部屋の時と比べて少なからず変わってはいるが、だいぶ進んでいる訳でも無かった。


「また……、病気が発症したのか……」


 俺はこんな明人にした神様が憎く苛立ったが、それでも叶わないものだ。


(ゼクシード……)


 そう。明人はゼクシードと呼ばれる未知の病だ。

 俺も詳しくは分からないが、明人の場合は変に記憶力と耳は良いが、その反面では意識が分からなくなる消失と錯乱状態に陥る混乱がある。

 昼間のは混乱だった。

 それでも俺は明人が好き。

 素直で真面目で正直者な所に惹かれ、人間とは違う何かを感じるから、一緒にいるだけで……それで良い。

 俺は後ろから明人を強く抱き締めた。

 こうしないと明人は病気に支配されるから。

 俺がやらないと意味がない。

 他人や周りは気付く事すらない。

 この病気は本人にしか分からないから。

 だって明人は……、俺の宝物だから。




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