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 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 07/19

6話「目覚めの朝は、遅刻の誘惑」


   ☆ ☆ ☆


 暗闇の中、ふと私は目を覚ます。

 冬程ではないけど、薄着の私は少し寒さを感じた。

 私は毛布に包み込み身体を温め始めたが、まだ温もるには毛布が足りないようだ。


「やっぱり無理。あともう一枚あれば……」


 手を伸ばした先に鉄格子があり、それに触れてしまった私は鉄の冷たさが手に伝わった。

 この鉄格子は四方にあり、私は檻と呼ばれた物の中にいる。

 そう。私は□□だ。

 だから何もできない、訳でもない。

 昔の私ならこんな鉄なんて造作も無かった。

 ただ敵に呪いを植え付けられ、仲間を引き裂かれた苦しみと素性を隠して自分自身を偽った私自身にどうする事も出来ないのが現実だった。


「ごめんよ、嬢ちゃん。毛布は一人一枚が限界なんだ。嬢ちゃんを引き取った俺の身にもなってくれ」

「ごめん」

「良いよ。気にしてないさ」


 男性の顔は見えないが案外優しい人で良かった。


「それよりも嬢ちゃんのその呪い、どうにかならないかな?」

「私にはどうにも……」

「案外、君みたいな娘ならお客さんは喜ぶと思うけど、その呪いのせいで皆離れるから台無しなんだ」

「ごめん」

「別に良いよ。俺は□□科の□□様だからな」


 男性は笑いながら話して、私の前から姿を消した。


   ☆ ☆ ☆


「起きろ、お前」

「ん……」


 シャッと自作のカーテンを開いて、ガオウは僕に太陽を見せつけた。


「ん……。やめてくれ」

「嫌だと言ったら」


 次はガオウに毛布を取られて、なくなく僕はベッドから起き上がる。


(さっきのは夢だったのか?)


 あれは自分の身体ではなかった。

 だったらまた誰かの記憶を見ていたという事か……。


「こうしないと起きないなんてな、お前……」

「ここまでされたら、誰でも起きると思うぞ」

「お前は例外だろ。それでも起きなかった事が多々あるだろ?」

「う……」


 何も返事ができない。

 時間を見れば、今は7時30分。

 一般科コーマの生徒は今日から授業かと思うと憂鬱になるかも知れないな。

 登校時間は確か午前8時からだったよな……。

 支援科シーナは基本、特になし。

 回復科ティオルは……、忘れたな。

 そう言えば間宮が来てたよな。


「間宮は?」

「まだ寝てる」

「そうか……。起こして貰えるか?」

「ああ、良いぜ」


 ガオウは先に居間へ向かった。

 僕はスマホを充電ケーブルから抜くと、寝間着から制服へと着替えた。

 制服と言っても私服みたいにしか見えないのが特徴の支援科シーナの白い制服だが、まあ着ないよりかはマシか。


「やめて下さい!」

(ん?)


 間宮の怒鳴り声が聞こえて居間へ行くと、涙目の間宮と目が合った。

 ガオウはと言うと冷凍のペットボトルを片手に持って、何が嬉しかったのか分からないが満足そうにしていた。


(って、あのペットボトル。雪見亭の苺オ・レじゃん……)


「アキさーん。ガオウさんのアレ、どうにかして下さい」

「ごめん。僕もやられた事あるから無理だな」


 アレで起こされると目覚めが悪くなり易く、やめてと言ってもガン無視でガオウに襲われるから、あまり良い思い出はない。

 あとやり過ぎると風邪を引きやすくなるのも忘れてはならない。


「そんなー」

「ほら、昨日も言ったろ」


 ガオウはジト目でそう言いつつ、ペットボトルを冷凍庫に戻した。


(昨日もやってたんだな……)


「ガオウも程々にな」

「ああ。分かってる」

「分かってません!」

「はあ? まだやられたいのか?」


(これじゃ、埒が明かないな)


「間宮。今日は予定あるのか? 今7時36分なんだが……」

「え?」


 すると間宮は血相変えて驚きながら、口をパクパクし出した。


「忘れてました……。今日から授業があります。ガオウさん、失礼かとは思いますが朝ご飯という物はありますか?」

「食パンならあるぞ。ほら」


 ガオウは台所にあった袋で包装された食パンを間宮に渡した。


「食パン、ですか……」

「いらないなら早く言え」

「いえいえ、そんな事はありません。ありがとうございます」


 間宮は食パンを美味しそうに食べる。

 と思ったら勢い良く喉を詰めたので、ガオウが飲料水を流し込んだ。


「世話が焼ける」

「すみません」


 それでも間宮は余りにも凄い食いっぷりで、四枚目を食べた所でガオウがストップをかけた。

 間宮は残念そうにしていたが、ガオウはある物を入れたタッパを間宮に渡した。


「え?」

「どうせ昼飯ないんだろ? コレやる。昼べる時に開けないと駄目だからな」

「わかりました。ありがとうございます。じゃあ言って来ます」

「身だしなみ」

「あっ……」


 ガオウは溜め息を吐いた。

 これでも姫なのだと思うくらい間宮は寝癖で髪が酷く荒れており、顔も洗ってないのか肌が荒れていた。


「こっち来い」

「すみません」


 ガオウは間宮を洗面所まで案内し、ふと僕を見た。


「お前。依頼良いか?」

「ああ。間宮の送迎だろ」

「全部終わるのに大体5分掛かるから、朝礼まで残り10分しかない。だからその、時間内に間宮を無限高に連れて行けるようにできるか?」

「ここから走っても朝礼には間に合わない。だから、まぁ……。こっちで対処すれば遅刻にはならないとは思うけど……」

「じゃあ頼めるか?」

「わかったよ、ガオウ。じゃあ外で待ってるから」


 そう言って僕は居間を出た。

 近くにある西階段を降りながら、ポケットからスマホを取り出す。

 色々な依頼を受ける事が多いので、無限高で知り合った教師や友達、各機関の連絡先など多種多様に取り揃えるのが支援科シーナのやり方だ。

 僕はある人物に電話をかける。


『こちらは本校舎。貴方は誰でしょうか? そして私は誰なんでしょうか?』


 そう。声の主である女性は端的に話して何とも不思議な発言を仕掛けた。


「僕は二年支援科シーナの九重明人。貴方は技術科ディルギアの担任教師の補佐、宮守みやもり望愛みちかさん」

『大当たりですよ! アキ君。バッチリでしたよ!』


 さっきまでの大人びたクールさは何処に行ったのか分からない程の元気で清々しい声で話す。

 この人の場合。支援科シーナでも半分以上不合格するからな。


『で……、何の用事でしょうか? あっ……、私との依頼で』

「また後日で構わないですよね」

『ちぇーー』

「今日は別件で間宮輝夜さんを預かっていまして、担任に少し遅れると報告して頂きたいです」

『アキ君まさか浮気! あの金髪の娘はどうしたの!』

「違います」

『分かった。アキ君の愛人ね!』

「違います」

『ゴンッ! 生徒を困らせない』

『ごめんごめん。トモちゃん先生!』


 隣で聞いていたのか、同じく技術科ディルギアの担任、松下まつしたともえが宮守さんに拳骨をする音が聞こえた。


「で、可能ですか?」

『分かったよ。了解! ああそれとアキ君に個人的な用事があるから、私も一般科コーマに行くよ』


一般科コーマ? 間宮は回復科ティオルじゃ……。どう言う事だ?)


「て言うか個人的な用事って……。依頼でも可能なんじゃ……」

『それが出来たら苦労しないよ。今回はオー

「分かりました。では集合場所は、一般科コーマの生徒用出入り口にしましょう」

『了解! じゃあ宜しく』


 そう言って向こうから、プツリと通話が切られた。

 すると誰かが階段をガタガタと急いで降りて来る音が聞こえたので僕は振り向くと、そこには息切れを起こした間宮がいた。


「お待たせしました。アキさん」


 結果的にお泊りとなってしまった為、服装は昨日の私服で代用してその上に長袖の白衣を着ている。

 回復科ティオルは特に制服はないらしく、判別の為に長袖の白衣を着ているらしい。

 ガオウのお蔭で間宮の身嗜みは見る限りでは全く問題がなかった。

 と言うかあの短時間で間宮は、昨日よりも綺麗になっている事に、逆に驚いてしまう始末。


「今から走りますか?」

「いや、歩くぞ。息切れてる奴に走れとか言うと思うかよ」

「お優しいですね。でも間に合いませんよ」

「担任には連絡済みだから、安心して良い」


 そう言って僕は歩き始めると、間宮はその言葉に喰らい付く。


「え!? そんな事が出来るんですか……」

「一応ここはギルドだしな。それに僕はこれでも支援科シーナだ。情報伝達の速さは折り紙付きなんだ」

「改めて支援科シーナって凄いですね」

「そこまで凄くはないよ。支援科シーナは支援物資の配達や戦場のサポートがメインだからな。戦闘科アルビー魔術科マギカみたいな攻守を変化できる訳ではないし、回復科ティオルみたいに治癒に特化してもない」

「それでも」

「間宮みたいにそう思っている奴は一部しかいない。殆どは信頼性を欠ける者達だっている」


 僕は咄嗟に何かの気配に気付き、ガオウに念話する。


(ガオウ。結界を壊そうとする輩が現れた)

『ああ。すぐに向かう』

(だいぶ時間は掛かるけど僕は後で向かう)

『分かった。要するに俺は足止めしていれば良い訳だな』

(ああ)

「アキさん。難しい顔して、どうかしましたか?」

『切るぞ、お前』


 するとガオウは僕を気遣って念話を切る。

 そう言えば、間宮と会話中だったな。

 どうでも良い話でもしてみるか。


「案外長いな、この道……って」

「私。これだけ長いと自転車欲しいですね」

「今度検討してみる。他には何かあるか?」

「そうですね。最低限の管理しか行き届いてなさそうですし……、明かりですかね」

「照明の類は僕も検討中だな。今後間宮みたいな客人を招き入れる事を考えると、ここの道は暗いからな」

「えっと……。ここの管理って誰がやっていますか?」

「僕だな。最低限の管理で悪かった……」

「すみません、すみません」

「別に良いよ。ガオウは忙しいし、まだ部外者扱いだからな。着いたぞ」


 僕達は無限高の本校舎に着いた。

 窓から廊下を覗けば、授業中だからか物静かな感じで、生徒は誰一人もいない事が分かる。

 本校舎は旧校舎より三倍以上広く建てられており、各学科事に分けられている為、敷地内全体を把握出来ていない者が殆どだ。

 僕でも少し間違える場合があるくらいだから、各学科事に出入り口が設けられている。

 間宮も一般科コーマの出入り口からじゃないと迷うようで、近道しながら本校舎の外周を歩いた。

 やっと一般科コーマの生徒出入り口に着くと、間宮は疲れて果てていた。

 ここから駐輪場も近いし、早急に自転車を用意しておくか。


「アキ君。おはよー」


 緑の迷彩柄のセーラー服を着ている女子生徒が、手を横に振りながら僕を呼んだ。

 黒髪のショートヘアで、ネフライトのような黄緑色の瞳。

 身長は中学一年生くらい低く、間宮と比べる程もない小さな胸。


「誰かと思えば、宮守さんか……」

「何よ。アキ君がここに呼んだんじゃない」

「誰ですか?」

「紹介よろ」

「分かったよ。この娘は担任の補佐をやっている二年技術科ディルギア宮守みやもり望愛みちかさんだ」

「間宮さん、宜しくね。って言うか、アキ君。敬語は?」

「外なら良いだろ」

「へいへい。じゃあアキ君、ちょっと借りるね」


 宮守さんは強引に僕の右腕を引っ張って歩き始めた。


「おいっ」


 やはり技術科ディルギア。力だけは男に負けない程はある。


「じゃあ悪いけど行ってくる。帰りは迎えに来るから」


 僕は間宮にそれだけ告げると宮守さんにそのまま連行された。

 何故か間宮は何か言いたそうに僕を見つめていた。




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