本校舎の隣に多く建ち並ぶ迷彩柄の建物は、技術科が保有する大型倉庫だ。
ある一定以上の成績を修めた優秀な生徒のみがこの大型倉庫を使え、技術科の名に恥じぬ為に生徒は技術に没頭する。
宮守さんは暗証番号を入力し、施錠を解除させて倉庫の扉を開けた。
実際に入って見ると倉庫の中は広く案外埃っぽいと思えたが、ある程度掃除が行き届いており綺麗に保たれていた。
「アキ君、ちょっと待っててね」
宮守さんは物置きから何やらガラクタのような物を持って来た。
「アキ君、これよ」
宮守さんは作業台にそれを置いた。
外見は錆び付いており色の判別は分からないが、一応剣に見えるので剣なのだろう。
名前を付けるならガラクタの剣だな。
「触れても大丈夫よ。アキ君なら詳細まで分かると思うし……」
「わかった。なら遠慮なく」
僕はガラクタの剣に触れて虫眼鏡で鑑定した。
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【ソードデバイス】
所有者不明。
『武器タイプ』 片手剣《左手可》
『ランクE』 ガラクタ
『攻撃力』 100《V》
『コアスロット』 有
『コア』 □□
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「どう思う?」
「どう見てもガラクタだな。でも所々解らない点もある」
この攻撃力にあるVは経験値による補正。
所有者が経験を積めば積む程この剣は強化される。
コアスロットにある筈のコアは外されているが、こんな錆び付いたガラクタの剣にコアスロットが有る時点でおかしい。
何故ならコアスロットは超有名な鍛治師にしか作れない代物だ。
普通ならこんなガラクタでも良い値で売れるだろう。
それに左手持ちが可能なら、去年のアルティナにいた柊星乃のようなあの動き、二刀流が再現可能だ。
まあこのガラクタの剣を改修すればの話だが……。
「そう言うと思った」
「これ。どこで拾ったんだ?」
「帝都ギルアスのゴミ置き場」
「良く侵入出来たな。見つかったら退学だぞ、それ」
「私を誰だと思っているの」
小さな胸を張りながら、宮守さんは自信満々に言い放つ。
「技術科の異端児。いや、無限高のゴミ漁りの方が良さそうだ」
「ゴミ漁りは余計!」
「はいはい」
(異端児は良いのかよ)
「で、どうする? 私は廃棄処分前にアキ君に聞いてみたけど……」
「廃棄処分? 改修はしないのか?」
「改修出来たとして所有者を選ぶんじゃ、ガラクタに過ぎないの。私はそこまでしてまでロマンを求めない。ただ珍しいから、やってみたいけどね……」
宮守さんは名残惜しそうな表情を浮かべた。
誰が使うかは別として、二刀流なんて高難度技術だし。
その上、ロマン溢れる武器である事を忘れてはならない。
「だったら金は僕が持つから、やれば良いだろ」
「ありがとう。アキ君ならそう言うと思った」
すんなりと受け入れた宮守さんに僕は驚いたが、すぐにその理由に気付いてしまう。
(改修代金、跳ね上がるんじゃ……)
通常。武器の改修には少なからず代金が掛かる。
ピンからキリまであるけど、ある程度なら一万円出せばお釣りが来る。
電子決済なら、100ポイントか。
このガラクタの剣だと倍の1000ポイントは下らないだろう。
などと僕が思っていると宮守さんは衝撃な発言を口にした。
「10エメラルダ」
「は? 高過ぎないか……。って言うか、ぼったくり……」
1エメラルダは十万円だから、倍の百万円だという事。
「通常代金なら、1000エメラルダになるけど……。アキ君、ガチ?」
「すみませんでした!」
「まあ……、分かってたから良いわ。どちらにしろ私だけの力じゃ、その剣を改修出来そうにないの。だからアキ君。私を貴方の所の専属技師にしてくれる?」
「直球だな。理由とかは有るのか?」
「副会長に聞いたよ。アキ君の事。明後日に勝負するんだよね」
「知ってたんだな」
「ぶっちゃけ勝てるよね。金髪の娘と一緒なら。サポーターは間宮さんだっけ。あの娘、根は優しいよ。だけど周りに敵が多くてね。私も気付いてたけど嫌がらせが酷くて出来なかった」
「それは魔術科の……」
佐野慎一郎。間宮を機械人形で追跡していた人物だ。
偽装してまで結局何をやりたかったのか気になってはいたが……。
「名前を知ってるなら話は早いかな。ここは彼の管理下だから詳しくは話さないけど、アキ君も気を付けた方が良いよ」
宮守さんの忠告に僕は頷く。
「話が逸れちゃったけどアルティナに行くなら、専属技師も必要だと思ってね。私もアキ君に依頼して貰っているし、どうかと思って」
「分かった。確かに技師は必要になるだろうし宮守さんなら良いと思う」
「じゃあ決まりね。さっき言った通り、初期投資は10エメラルダだから。よろ」
「分かったよ。今後もよろしく。宮守さん」
改修代金ならぬ初期投資の10エメラルダを宮守さんに渡すと、本物のエメラルダ鉱石を見て宮守さんは興奮していた。
落とすなよと忠告はしたが心配だな。
宮守さんも落とす事はないと思うけど、エメラルダ鉱石は良く盗まれる。
大抵は歓楽街の人通りの少ない場所だが……。
まあ宮守さんは大丈夫だろう。
少し心配だが……。
◇ ◇ ◇
また出費が重なってしまったな。
預金はまだ底が見えないから良いとして、ガオウになんて言おうか悩ましい所だ。
無駄遣いでも無いし正直に話した方が得策かも知れない。
僕は大型倉庫を後にして旧校舎近くの南の森へと来ていた。
この辺りには侵入禁止用の結界がいくつか張り巡らせており、破壊工作や侵入者が現れるとすぐに位置を自動感知できるようになっている。
「確かこの辺りから反応したんだよな」
物陰から覗いて見ると、激しい戦闘があったのか何本かの木は倒されていて既に大地は荒れていた。
侵入者はいない。
それもその筈。ガオウが先に来ているのだから、もし侵入者と鉢合わせしたとしても、ガオウが近くにいるのは当然だろう。
だったらまだこの奥なのだろう。
僕は周りを見渡してガオウを探していると、背後から誰かに頭をチョップされた。
「痛っ!」
後ろを振り向けば、目の前にはジト目のガオウがいた。
「遅え。お前」
「だいぶ時間が掛かるって言わなかったか?」
「言ったかも知れないが、それにしても長過ぎだ」
「色々あったんだよ」
この仕返しのチョップって、ガオウが待ちくたびれたからか。
「ふーん。大金使う程の、ね」
(え? もうバレてる)
あ、そうか。今回は初期投資って言いつつも専属技師の加入だし、そもそも個人決済じゃないから拠点の方に情報が入るからか。
以前も依頼で高額の収入を得た時もバレたっけ。
「まあ良いか。どうせ俺も後で使うと思うし……」
ガオウは個人資産だから、そもそも……。
「え? 使う?」
「これ終わったらティナの屋敷で茶会があるから行くからな」
「それ。茶会じゃなくて新作の苺オ・レの試飲会だろ。ティナさん、どれだけ苺オ・レの沼に浸かってるんだ」
「俺ぐらい?」
ガオウは考えつつも首を横に傾げた。
ティナさん。いつもガオウがすみません。
そう僕は心の中で呟いた……。
「それはさておき、侵入者の案内を始めても良いか?」
「ああ。良いよ」
「じゃあ、こっちだ」
ガオウは方向を指しながら歩き始める。
僕はガオウについて行くと謎の広場に辿り着いた。
周辺には普通に木が生えているから、南の森なのだろう。
ただ一際目立つ機械人形を除けばの話だが……。
「これか」
「ああ」
今回はガラクタを寄せ集めたような物ではなく、鉱石で作られた巨人型機械人形。
それにしても予算が足りなかったのか。
安価で売られている低品質の黒曜石を主軸に、胴体は岩石を使用している為、案外脆い設計だ。
またそれらを補う為の魔石を混ぜ込んでいるので、ある程度の戦闘は出来そうに思えた。
「佐野慎一郎って、案外貧乏だったりして……」
「……っ! お前!」
ガオウは僕を背後から掴むと、後ろへ無理矢理引き摺り込む。
自身の王力で作成した剣を持ち、ガオウは前へと飛び出した。
ガオウは剣を盾のように扱い、目の前の攻撃を弾き返す。
カツンッという音が聞こえたので僕はそれを目で追いつつ、それが落ちた場所へ行ってみると鋭利な矢を発見した。
矢には紫色の液体が付着しているので、すぐにそれが毒だと僕は理解した。
ガオウを見てみると、矢を射出したであろう巨人の手が切り落とされていた。
巨人の頭を見ながらガオウは血相を変えて、殺気に満ちていた。
「殺す!」
「待て待て。まだ僅かに情報が残ってるかも知れないだろ」
不意に視線を感じて茂みを見る。
だが、誰もいないようだ。
〝〝その角度、右斜め上、枝に擬態〟〟
《敵の偵察機。僕に気付かれた為、枝に擬態した。視線を合わさなければ気付かれない》
(ステラ。僕を中心にして、全ての情報を解析出来るか?)
〝できるよ。がおうはどうするの?〟
ガオウは今も殺気に満ちている。
僕はこの巨人の情報を分析したい。
それを傍観する偵察機。
敵の狙いは恐らく、僕達がどれ程の実力があるのか。
それともこの巨人の情報を何処まで抜き取れるのか。
それを敵は偵察機越しに映像と盗聴している音で分析してるのだろうけど、ステラはその上をいく。
〝できたよ。きょじんと、ていさつき、だったよね〟
(じゃあ、あとで見せて)
〝うん。わかった〟
「ガオウ。やっぱり殺って良いぞ」
「ああ。じゃあ、遠慮なく」
ガオウは巨人の頭部を剣で斬って、胸にある黒曜石のコアを難なく破壊した。
巨人型機械人形は、コアを失って全ての機能が停止した。
「良かったのかよ。破壊して……」
「まあ今回は、な」
「な。って……」『敵がいるな』
ガオウも今気付いたのか、念話に変化した。
(今日は泳がせようと思って。ガオウは気付かれてない振りでもしてくれ)
『今日はなるなよ』
(拠点に帰ればバレないって)
『じゃあ俺と別れたら、すぐ拠点へ帰れ。間宮の迎えには帰るから』
(わかった。じゃあ念話切るよ)
僕は念話を切る。
「茶会始まるじゃねえか」
「そう言えば、ティナさんの屋敷って遠いんだろ」
「まあな。……お前は来るなよ」
「今なんて?」
「来んじゃねえぞ。お前が来たら、ややこしい事になるから」
「わかったよ。じゃあ僕は拠点に帰るから。じゃあな、ガオウ」
「ああ、お前。行って来る」
そう言ってガオウは僕と別れて、ティナさんの屋敷を目指した。
さてと、僕はこれから。
〝〝残り10分後。ある団体が現れる〟〟
《素材を回収するよりも、敵の正体を知った方が得策》
こっちも有能だったな。
まあガオウにも言われたし拠点に帰るか。
敵に見つかると厄介だし……。
結界をある程度強化してから、僕は旧校舎へと帰った。
◇ ◇ ◇
旧校舎へ着くと僕は居間へと入る。
さてここからなら、見られても気付かれないだろうな。
さっきの結界に、強化ついでに防犯機能のある監視カメラを追加した。
余り時間が足りなかったので簡易に作成しているけど、まあ高性能だといくつかの部品が必要になってくるから、今回は仕方ないだろう。
『お前ら、素材を回収しろ!』
おやおやこちらの監視カメラには気付かれて無さそうだ。
今リアルタイムで流れている映像は、巨人型の機械人形があった場所だ。
『くそっ! 確かにコアは破壊してやがる』
黒い制服を着た魔術科の生徒が呟いているので、あれが佐野慎一郎だろう。
他の団体は回収屋か……。
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【回収屋】《ギルド》
主に素材や戦闘で負傷した人員を回収する為に作成されたギルド。
他学科の戦闘経験の少ない者が多数いる為、その殆どが支援科の生徒で構成している。
上記の場合は主に素材の回収か採取がメイン。
人員を回収する時は、戦闘経験豊富な部隊で構成する場合もある。
金額は各依頼によって異なるが、基本安価で取り引きされる。
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『佐野様。分解お願いします』
『任せろ』
佐野は機械人形を元の素材に戻していく。
それを回収屋が三人係で各素材を運び出した。
佐野は警戒してるのか周囲をあちこちと索敵しているけど、目の前にある結界の存在に全く気付く様子がない。
それで索敵の意味があるのか不明なんだけど……。
それから十分が経過してやっと素材の回収が終わると、残るは佐野のみとなっていた。
『次は覚悟しろよ。支援科の九重明人』
そう呟いて、佐野はこの場から去る。
(って、次もあるのかよ!)
普通に嫌だし何より邪魔だし。
あとでステラの情報を元に、ガオウにでも相談してみるか。
ピロンとスマホの通知音が鳴る。
誰と思えば副会長からだ。
何処から僕のアドレスを入手したのか分からないが、心当たりが有り過ぎて僕は苦笑してしまった。
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二年支援科 九重明人へ
君に相応しい対戦相手が決まったから、メールで報告する。
【対戦相手】
二年狂戦科 アルフォンス・ディグムント
【通り名】
《魔剣に選ばれし者》
【ブレイドコレクター】
二年戦闘科 姫路刹那
【通り名】
《刹那の刃》
【ブレイドコレクター】
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(選りによって、ギルド。ブレイドコレクターか)
楠見副会長の人選に僕は目を疑い、思わずツッコミを入れてしまった。
と言うか勝てるのか、コレ……。
狂戦科のアルフォンスは聞いた話だと、最近ブレイドコレクターに入ったばかりの新入りだ。
ただ彼は魔剣所有者にして少なからず黒魔術が使えるらしく、一年の頃は一目置かれた存在だった。
だが昨年の大規模戦線アルティナで魔剣使いの強さが実感され、今年からギルドの優遇対象に追加されていた。
だから彼はブレイドコレクターに入れたんだと思う。
問題は姫路刹那だ。
彼女もまたブレイドコレクターだが、昨年の大規模戦線アルティナに参加していた人物だ。
生徒会長自慢の妹にして剣豪を獲得した侍。その強さは言わずもがな。
だが彼女はアルティナで活躍する場面は無かった。
生徒会長曰く、開始早々の散策中に、神楽に襲われて完敗していたらしい。
映像に残っていないのが残念だ。
さて次は、サポーターか。
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【サポーター】
三年魔女科 ジュリア・ローゼン
二年魔術科 佐野慎一郎
一年支援科 向井小春
各学年代表を含め、計十名構成。
三年魔術科 楠見悟より
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(次って、こういう事だったのか……)
ツッコミたい所は沢山あるが今は触れないでおこう。
まあここまで相手のチームが揃っていると、宮守さんが見たら笑うだろうな。
僕はこれからの作戦会議に深く溜め息を吐いた。