窓から廊下を覗けば今は授業中。
生徒は誰も廊下に訪れず、物音一つも聞こえない静かな空間。
無遅刻の私からすれば生徒がいないだけでも別世界でしたが、ここまで静かだと逆に教室に入り辛そうですね。
そう。私達は無限高の本校舎へと足を踏み入れた瞬間でした。
「間宮、ここからの道は分かるか?」
「すみません。あまり来ないので分かりません」
「分かった。じゃあ近道しながら外周でも周ろうか」
「お願いします」
そう言ってアキさんを先頭に、私は後ろから付いて行きました。
やはり本校舎は誰が訪れても迷子になる程大きな建物で、私も入学式の時に迷子になって以降、ここから入るのは既に諦めています。
なので今は各学科事に出入り口が設けられている通路を使用しています。
それにしても遠い道程。
さっきは走らなくて良かったのだと今さらながら感じ始めました。
アキさんは歩き疲れていませんが、私はもうそろそろで限界です。
見覚えのある道を通ると、やっと一般科の生徒出入り口に着きました。
すぐに休みたいのは山々ですが、しゃがみ込むとスカートが汚れてしまうので却下。
こればかりは教室に着くまでお預けみたいですね。
「アキ君。おはよー」
すると緑の迷彩柄のセーラー服を着ている女子生徒が手を横に振りながらアキさんを呼びました。
「誰かと思えば、宮守さんか……」
「何よ。アキ君がここに呼んだんじゃない」
妙に親しいので友達か何かでしょうか……。
それにしても子柄ですね。
こんな女の子が朝から何の用事でしょうか?
「誰ですか?」
「紹介よろ」
女子生徒は軽く返事をして、アキさんは溜め息混じりに応えました。
「分かったよ。この娘は担任の補佐をやっている二年技術科の宮守望愛さんだ」
(え? 同い年?)
「間宮さん、宜しくね。って言うか、アキ君。敬語は?」
「外なら良いだろ」
補佐って言えば、各学科事の教師に選抜された優秀な生徒二人のみ。
宮守さんは担任の補佐で在学生だから、現在は技術科のナンバー2だという事。
「へいへい。じゃあアキ君、ちょっと借りるね」
「おいっ」
(えっ。ちょっと……)
宮守さんは強引にアキさんの右腕を引っ張られて歩き始めました。
「じゃあ悪いけど行ってくる。帰りは迎えに来るから」
抵抗出来ないアキさんは私に一言を告げて、宮守さんによって強引に連行されました。
アキさんが見えなくなるまで、私は呆然と見ていると我に返る様に思い出しました。
(って、授業、授業……)
気を取り戻して生徒出入り口を通りました。
階段を上がり二階に着くと、二年一組の教室へ行きます。
扉をノックをしてから生徒側のスライド式の扉を開けて、教室の中へと入りました。
すると紺色のセーラー服を着た女の子が涙目で飛び付き、べったりと抱き着かれました。
「輝夜っち、おっそいよー」
この茶髪のツインテールと子供っぽい性格が特徴の女の子は、一般科の永井夕夏。
私の隣の席に座る友達でいつも忘れ物が多く、よく教科書を見せたりしています。
「夕夏、すみません」
「そこ。私語は駄目だよ。永井さんは今すぐ着席しないと、減点するけど良いかい」
黒板の前でチョークを片手に授業を進めていた男性教師、高杉先生は夕夏に向けて極めて冷静に判断します。
「減点は勘弁、かな……」
夕夏は苦笑いしつつ私から離れると、すぐに着席しました。
高杉先生はこのクラスの担任で基本心優しい若い男性で、無限高教師イケメンランキング二十名中の三位。
女子の間では三位でも人気が高く、ファンが恐い。
私はイケメンよりも優しい教師として振る舞う方が魅力的で、いつもそれを見てると見惚れてしまう程。
「間宮さんも着席しても良いかな。まだ授業中なんでね」
「はっ、はい」
そう言って私は焦って着席しました。
「皆にも話したと思うけど、間宮さんはギルドの用事で遅刻してしまった。これはギルド関連に基づく行為なので少し理不尽だと思うけど、遅刻欠席は取り消せる事となっている」
【無限高の盟約《第三条》】
『各学科はそれぞれの決められた行動をし、ギルドはギルド関連に基づき、個人の自由を解放する』
《代表的な保証》
『遅刻欠席の取り消し』『各学科移動』『長期休暇』『期末試験の免除』
「そう言えばこのクラスの殆どは、一般科だったね。基本一般科は対象外。もしギルドに入りたいなら学科移動をオススメするよ。それと必要になるアルティナの参加資格も忘れずに……」
ふと高杉先生と目が合いました。
私は訳が分からず首を傾げましたが、高杉先生はにっこりと笑いました。
「では授業を始めよう。永井さん、この数式を答えて」
「えー。何で私……」
結局私は何なのか分からず時間だけが過ぎ去り、昼休みのチャイムが鳴り響きました。
(あっ……。授業に集中出来ませんでした)
ノートを見ると白紙のままで終わってました。
黒板は言うまでもなく全て消されており、私はもう溜め息を吐くしかありませんでした。
「大丈夫ですか? 輝夜さん……」
するとあまり話し掛けない銀髪の女の子が私に話し掛けました。
「ユニさん。ノートを見せて貰っても……」
「どうぞ!」
勇気を振り絞ってノートを出すユニさんに私は癒やされました。
(可愛い。何この天使……)
この女の子の名前は、ユニ・ラスティー。
銀髪ロングヘアで、ローズクォーツのような薄桃色の瞳の女の子。
身長は中学生くらいに見える程低いと思いますが、宮守さんよりかは高いと思います。
私と同じ様に一般科ではなく、ユニさんは魔法科。
あとユニさんには双子の姉がいて、確か……。
「輝夜さんは良いですね。幼い妹は王室で自由に遊んでて」
「そうですね。ルリッチェはまだまだ遊び盛りですから。と言っても、私と同じ道を辿る訳にも行きませんし……」
「ティナ姉様なんか学科よりも好きな事に力を注いでいて。私の姉として大丈夫か、目を疑ってしまう所があります」
(そんな事ですか……)
「ユニさん、間違ってますよ」
「どうしてですか?」
「私も妹が好きな事をしていたなら、止めたりしません。そもそも悪い事をしていなければの話ですけど……」
「輝夜さんみたいな、お姉様が羨ましいです。ティナ姉様も見習って欲しいです」
私は全て書き写し終わると、ユニさんにノートを返却しました。
「ありがとう御座いました」
「いいえ。私も良い助言をありがとうございます」
グウウ……とお腹の音が聞こえ、ユニさんの頬が赤くなり始めました。
「お腹空きました」
「では、このままランチタイムにしましょう」
「賛成です。と言いたい所ですが、ティナ姉様のせいで今日は何も食べる物が無くて」
「でしたら私と一緒に食べませんか? まだ中身は見てませんが……」
「良いんですか。ありがとうございます」
私は鞄から朝ガオウさんに渡されたタッパを取り出し、容器の蓋を開けました。
苺のサンドイッチ!?
ガオウさんらしいと言えばそう思いますけど……。
これは昼食と言うより、デザートに近いのでは?
まあ二つあるので、一つずつ分ければ大丈夫ですけど。
「輝夜さん。それ……」
「すみません。お嫌いでしたら食べなくても……」
「私の大好物です」
「はい?」
(ユニさん。今何て言いましたか?)
「輝夜さん。本当に一つ貰っても良いんですよね?」
「どうぞ。遠慮なく」
ユニさんは苺のサンドイッチを片手で持ちつつ、一度両手に持ち替えると、一口パクりと食べました。
「美味しいです。中のホイップクリームも苺だなんて、どうしたら思い付くんです。神ですよね」
最初に見えてたこのピンク色のホイップクリームって、苺だったんですね。
道理で色が似ていると思いました。
二口目からユニさんは研究者のような分析に入り、
「苺はティナ姉様のとは違い、かなり甘くて酸っぱさは感じませんね。どこ産か気になりますね」
三口目。
「周りは普通の苺ジャムをペーストに、中心にある。…………」
「どうしました? お口に合いませんでしたか?」
「いえ。少し天国行ってました。中心にある苺は化け物ですね。作った方が何故二つにしたのか理由が解りました」
四口目。
「元のホイップクリームに戻りましたね。でもこっちはティナ姉様の苺を使用してますね」
ユニさんは食べ終わると色々と楽しめて満足したのもあって、最後は礼儀正しく。
「ごちそうさまでした。輝夜さんも食べて下さい。絶対美味しいので」
まあユニさんの表情見てたら美味しそうだなと思ってましたし、私も食べますか。
パクっと口に含んだ瞬間、私は天国へ召されました。
◇ ◇ ◇
あれっ……。私……。
サンドイッチを食べて、その後は……。
余りにも記憶が曖昧でとても思い出せそうにありませんね。
「ん……。私……。いつの間にか眠っていましたか……」
私は起き上がると窓からは夕日が差し込み、帰りを知らせるかのような夕焼けが私の目に映りました。
時間を見れば午後五時を過ぎていて……。
(ユニさん。授業が始まる前に起こして下さい!)
「輝夜さん。起きましたよ」
ユニさんの声が聞こえたと思い振り向くと、そこには誰もいませんでした。
魔法。それもアラーム用の設置型。
初級魔法として有名だと言われる生活魔法の一種に、人を知らせるアラームのような魔法があるとユニさんが教えてましたね。
「間宮さん。疲れは取れたかい?」
聞こえた方へ振り向くと、教卓の前で寛いでいた高杉先生が私を見つめました。
(ずっと私が目覚めるのを待ってました?)
「えーと……」
「ユニさんから聞いたよ。幻の十代苺の一つ、ベリードラゴを一粒口にしたって」
(!?)
ベリードラゴって、何ですか?
私知りませんよ。ユニさん。
そう言えば、いませんでしたね。
「まあ別に構わないよ。今日は実際、間宮さんの調子が悪そうだったし」
「ですが……」
「それに僕も間宮さんに用事があってね。九重君の事宜しく頼むよ」
「え? それは、まあ……」
アキさんの事は分かってます。
私はサポーターとして全てを尽くすまで。
それ以上でもそれ以下でもありません。
「そうだな。間宮さんはサポーターとして、対戦相手の情報はしっかり目を通しておけば……、違うかな。これは九重君の判断次第かな」
高杉先生は何処か雲行きが怪しそうな顔をしていました。
「どうしてですか?」
「対戦相手が悪過ぎる。楠見君は本気で九重君の実力を見たいのかも知れない、とだけ間宮さんには伝えておくよ」
高杉先生はその一言を残し、この場から出て行きました。
何が悪いのか分かりませんが強敵なのは変わりません。
それでも私はアキさんに尽くします。
それは恩人として、サポーターとしてではありません。
言葉では表せませんが、ここは仲間として私が頑張れば良いのだと思いました。
ただ心配なのは私が私として動けるのかどうかだと言う事。
その不安さえ無ければ、私は……。