<< 前へ  目次  次へ >>

 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 10/19

8話「狂戦科の魔剣使い」


 放課後。現在の時刻、午後4時。

 間宮の下校時間に合わせて、僕とガオウは本校舎近くの一般科コーマの生徒出入り口へと来ていた。

 生徒達がそれぞれ帰宅する姿を見ながら間宮の帰りを待っているが、一向に現れる気配は無かった。

 僕は不審に思い、偶然近くを歩いていた茶色のセーラー服姿の女子生徒、魔法科マギナのユニに話し掛けた。


「ユニ。間宮を知らないか?」

「輝夜さんだったら……、寝てると思います」

「は? どう言う事だ」

「昼食に幻の十代苺、ベリードラゴを初めて口にすれば、仕方ないかと思います」

(ベリードラゴ? そんなの入れる奴は一人しかいない)


 僕の隣にいるガオウに視線を向けると、一方的に目を逸らされた。


(おい……)


 あとでガオウに話を聞くとするか……。


「ユニはどうしてベリードラゴが原因だって分かったんだ?」

「食べましたから。私も副作用で眠くなりましたが、ティナ姉様の対処法のお陰で助かりました」

「ガオウ。このあと話がある」

「……分かったよ」


 ガオウは溜め息混じりに呟いているので、ベリードラゴを仕込んだのはガオウで間違い無さそうだ。

 だったら朝ガオウが昼食用に渡したあのタッパが異常に怪しいんだよな。

 まあ食べてしまった物は仕方ない。


「もしユニが間宮だったら、目覚めるまであと何時間くらい掛かると思うか?」

「具体的には分からないです。一粒なので計測不可です。すみません」

「別に良いよ。原因がベリードラゴなら、その間時間潰せば良いんだし。ありがとう」

「いいえ。私もあのクオリティーの高いサンドイッチを食べたので、私こそ礼を言わないと……」

「良いよ。その気持ちだけで」


 僕はそう伝えるとユニは礼をして帰る。

 本当に礼儀正しいな、あの子は。

 僕はガオウに向き直ると、ビクッと怖気付いて全身が震える様に反応した。

 そこまで反応する心配は無いけど、まあ良いか。


「さてと、ガオウ。ベリードラゴ以外は入れて無いだろうな」

「隠し味に、……□□苺」

「聞こえないから、もう少し大きな声で」


 僕はガオウに触れようとした、次の瞬間。

 遠くから異常な殺気を感じた。


「そこまでで勘弁してくれないか?」


 男の声が聞こえたが、僕は気にせず無視した。


〝〝触れれば軽傷〟〟

《鋭利な刃物が突き刺さり、一部行動が制限される》


 僕はガオウに触れるのは止めて、一歩後ろに下がる。

 すると短剣の様なナイフが僕の皮膚を掠めて地面に刺さった。


『また、面倒事に巻き込まれたな』

(だろうな)


 僕はガオウと念話を通して一言ずつ返し、僕は軽く溜め息を吐いた。


「これはまた。姿を現したらどうだ。狂戦科ベルセのアルフォンス。それとも逃げるつもりか?」


〝〝背後、存在確認〟〟

《背後から男が姿を現す。僕はその存在に気付かない》


 僕が背後を振り返る。

 するとそこには高身長で黒髪ショートヘア、アゲートの様な赤い目の男子生徒、狂戦科ベルセのアルフォンスが赤色の制服姿で僕を見ていた。

 アルフォンスの腰には黒い魔剣が一本装備しており、正当な理由が無い限り、武力行使は出来ない。


「良く分かったな」

「分かるも何も。訓練を受けてない魔剣使いが殺気を隠し通すのが苦手なのは、僕は知っているからな」


 一度僕はアルフォンスにブラフを掛けた。

 実際の所。位置までは分からなかったが、殺気ぐらいは判別出来たからな。

 それでも向こうからして見れば、その発言だけである意味侮辱だ。

 本来魔剣使いは先制攻撃が出来る上、さっき投げたナイフの様な不意打ちも可能だ。だがその攻撃をもし予測出来たなら話は別だ。

 真っ向勝負を仕掛ける魔剣使いなど何処ぞの変態でない限り、まず仕掛けないからだ。


「だが……、これは避けられないだろ」

「何の事だ」


 僕は地面を蹴って足に叩き付ける。

 するとパリンッと硝子の様に何かが割れる音がした。


「なっ!?」

「大体こんな場所でやるのはブレイドコレクターとして、どうなんだよ?」

「お前なんかに言われる筋は無い!」


 するとアルフォンスは鞘から黒い魔剣を手に取り、両手で一度構え直して僕に刀身を向けた。


「そうかよ……」


(これはやるしか無さそうだ……)


「そこまで!」


 近くから低い女性の叫び声が聞こえ、僕とアルフォンスはその聞き覚えのある声に振り向いた。

 物陰から女子にしては凛々しい程の高身長で青髪ポニーテール、ソーダライトの様な青い瞳の女子生徒、姫路刹那が赤色セーラー服姿で現れた。

 これまたブレイドコレクターか。

 それも対戦相手が全員揃ったな。

 戦闘科アルビーの姫路刹那に、狂戦科ベルセのアルフォンス。

 ここに現れたのは偶然か、それとも……。

 まあ刹那は生徒会長の妹だし。

 僕とガオウの情報も安易に仕入れているだろうな。


「アル。赤等様な勘違いは寄せ。金髪の彼女は明人の連れだ」

「本当か。刹那?」

「ああ」

「分かった。刹那が言うなら信じるよ」


 アルフォンスは溜め息を吐きつつ、構えていた黒い魔剣を鞘へとしまう。


「明人もその魔術は魔剣使い相手には卑怯では無いか?」


(気付いたか。否、気付いたから現れたか。これだからブレイドコレクターは先読みが早い)


「分かった」


 僕は仕掛けていた魔力異常の簡易魔術、ロストデーモンを解除した。

 まあ魔力異常と言っても、これはジェシカ・オニキス特製の対魔剣使い仕様の代物だが……。

 魔剣は自らが魔力を保有する物が多く、本人に魔力が無くても容易に魔力を共有する事が出来る。

 その為。魔剣使いは自分の保有する魔力に異常が発生しても、魔剣が魔力を循環してある程度調整する事が可能な為、本人に魔力異常が起きても魔剣が魔力を修正するので問題なく行動が出来る。

 だがこのロストデーモンはある意味悪趣味であり、一時的に相手の魔力を消滅させ、魔力を保有する全ての物に対しても有効な効果を持つ。

 魔剣使いは魔力さえ無くなれば、普通の剣士と何も変わらない。

 だから刹那は僕に魔剣使い相手には卑怯だと言ったんだ。


「まだ有るだろ」


(はい?)

「ステラか?」

〝ちがうよ〟


 だったら、ガオウだな。


「ガオウ。面倒事は終わったから解除してくれ」

「お前を傷付けたのだから、それはねえだろ。なあ? アルフォンス?」

「アルフォンス! 逃げろ!」


 刹那は思わず叫んだが、アルフォンスの背後には既にガオウが見えない速さで移動していた。


「このナイフ。お前のだろ?」


 ガオウは片手に持ったナイフを粉々に破壊した。

 て言うかそのナイフ。強化魔法で硬質化済みだったと思うけど、何で破壊出来るんだよ??


「今回はこれだけで勘弁してやる。次はねえからな」


 ガオウはアルフォンスを鋭く睨み付けた。

 まるで大切な物を守るかの様に。


「刹那、悪い……」

「待て!」


 アルフォンスは刹那の言葉を振り切り、鞘から黒い魔剣を手に取る。全く構えようとはせず、目の前にいたガオウに対して一振り、黒い魔剣で斬り付けた。


「へえ……」


 ガオウは興味深そうに呟くと同時に、アルフォンスは大地に踏み付けられた。


「人間如きが俺に歯向かうとはな……」

「くそっ! 何だよこれ。魔力強化しても起き上がれねえ!」

「ガオウ……」

「分かってる。お前に言われた通り、程度にしてるからな」

「〝ヴォルディノーツ〟助けてくれ!」

『分かりました。アル様』


 アルフォンスはガオウの束縛を魔剣ヴォルディノーツを通して強制解除させ、すぐにアルフォンスは起き上がると体制を立て直した。


「〝ヴォルディノーツ〟〝破壊ブレイク武装アームズ《完全解放!》〟」

『分かりました。負荷が掛りますが宜しいですか?』

「ああ」

『分かりました。ご武運を』

「これで終わりだ!」


 アルフォンスの黒い魔剣の形は剣から大剣へと変化し、黒い闇の魔力を身に纏う。

 アルフォンスは再度ガオウに攻撃を仕掛ける。

 すると不意にガオウは一度僕を見つめた。

 僕は少し溜め息を吐きつつ、ガオウに「分かった。程々にな」と声には出さず囁く。

 するとガオウは頷いてアルフォンスに向き直る。


「〝強化オーガ〟〝王斬空オウザンクウ〟」


 ガオウは身体を一時的に強化させ、虚空から黒い刀を生み出し、両手でその黒い刀を構えた。



   ◇ ◇ ◇



「ほう。彼女は強化魔法を主軸に使うのか」

「それが何か?」

「あれではアルの圧勝だ。何か策がある様には見えない」


 刹那はそう言って興味深そうにガオウを見つめた。

 僕はガオウを見ていると、首元につけたペンダントの宝石が紅く輝いているのが見える。

 あのペンダントが輝いていると言う事は、またガオウは無意識でフリーノーヴァを使用しているみたいだ。

 極微量のフリーノーヴァでも感知するあのペンダントは、僕がガオウ専用に自作した物だからな。


━━━━━━━━━━

【ガーネットを入れた紅いペンダント】

 ガオウ専用のアクセサリー。

 フリーノーヴァをある程度封印する。

 極微量のフリーノーヴァでも感知すれば、中にあるガーネットが紅く輝く。


『ランクS』 最高品質

━━━━━━━━━━


「ガオウよりもアルフォンスの心配をしたらどうだ? あれじゃあ魔剣を一本失う覚悟しないとな。幸い、手加減してるみたいだから良い物の……」

「明人もアルの『破壊ブレイク武装アームズ』を知らないとはな……。この勝負、掛けて見ないか?」

「嫌なこった。結果が見えた勝負はしたくないんだよ」



   ◇ ◇ ◇



「そんな棒切れで何が出来る」


 ガオウは目の前のアルフォンスに本の一瞬の隙を捉え、その一箇所に一太刀を入れてアルフォンスの背後へと進む。


ようぇえな」


 そうガオウが呟くと、その背後にいたアルフォンスが砕け散る様にその場から倒れた。


『アル様?』

「気を失っただけだ。峰打ちだけでこれなんてな。勝負にならねーよ」

『貴方。今いったい、何を?』

「魔剣が興味深そうに尋ねるなんてな。種明かしするのは次の対戦でな」

『分かりました。約束しましょう』


 ガオウは魔剣ヴォルディノーツと約束を結んだ。

 それにしてもヴォルディノーツは自らにも魔力を蓄えているのか。

 契約者が気を失っても話掛けれる魔剣は限定されており、普通の魔剣では出来ない能力だった。


「ガオウ、お疲れ」

「おう。相当手加減したんだけどな。お前、これ直して貰えるか?」


 ガオウはさっき粉々に破壊したナイフを僕に渡した。


「ここまで粉々だと、専門家に修理して貰わないと駄目だな」


 僕はジップ付きの透明な袋の中に入れたが、そのまま刹那がその袋を奪う様に手に入れる。


「これは私が貰う。このナイフはアルのお気に入りでな。ディグムント家のメイドが作成した物だ。ここまで粉々だと専門家でも修理出来ないだろう。今回は事にしても構わないか?」


(え。それって帳消し)


 そのナイフ一本の修理と引き換えに、今の戦闘を無かった事にするなんて本当に出来るのだろうか。


「疑っているのか?」

「いや。刹那がそれで良いなら僕は良いけど。ガオウはどう思う?」

「俺もお前が良いなら賛成。そっちの女はあの男みたいに殺気に満ちて無いからな」

「それは済まない事をしたと思ってる。あの状況では、アルも君を守りたかったのだと思う」

「正義の味方気取りか。俺の方が本当は部外者なんだぞ。助ける相手が違うっての」

「ガオウ」

「分かったよ。男の方に警告してくれ。俺の使いに手を出すな。てな」

「承知した」


 刹那はアルフォンスの腕を肩に担ぎ、そのまま何も言わずにその場を去っていく。

 何だか刹那が可哀想だったな。

 まあ無理もないか。ガオウは人が嫌いだからな。理由は知らないけど。

 今度刹那に詫びの品でも贈ろうかな。何だかんだ、僕も同情してしまった。まあ仕方ない。あのガオウだし。


「ガオウ。本題に入るけど、何でベリードラゴなんて入れたんだ?」

「その話も無かった事にしてくれ!」

「嫌だと言ったら?」

「お前、今すぐ殺すぞ」


 いつものガオウで僕はほっと安心する。

 まあ殺されたくは無いけど……。




Page Top