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 Ⅰ 貧乏姫 

Ⅰ 13/19

輝夜side「前夜祭」


 遠くから緑の迷彩柄のセーラー服の女子生徒が私を覗く様に見つめる。

 見覚えのある黒髪のショートヘアで、ネフライトのような黄緑色の瞳。

 身長は中学一年生くらい低く、体型は小柄の……。


「って……、宮守さん!?」

「そだよー」


 私が驚きを隠せずにいると宮守さん特有の緩い返事を返した。


「ここは……?」

「アキ君の旧校舎。昨日は随分気持ち良さそうに眠っていたからね。で、今は朝だよ」

「アキさんは?」

「アキ君は朝から用事だって言ってたよ」

「そうでしたか……」


 起き上がると宮守さんは、私をシャワー室がある個室へと案内しました。

 シャワー室なんて全寮制の女子寮でしか見覚えがなく、アキさんの拠点にあったなんて初耳過ぎて言葉になりませんでした。

 身体を浴び終わると、宮守さんが用意して頂いた下着を着て支度を済ませました。

 居間へ戻るとエプロン姿の宮守さんが料理を運び、居間のテーブルに置いているのが見えました。


「出来たよ。輝夜っち」

「ありがとうございます。宮守さん」

「どう致しまして」


 私は居間のテーブル席の椅子へと座り、ふとある疑問が浮かび上がり、不思議と私は首を傾げました。


「どうして宮守さんが?」

「そう言えば話して無かったね。私は昨日からアキ君達の専属技師になってね。具体的に言えば、アキ君のギルドに入ったんだよ。これからよろしくね。輝夜っち」

「よろしくお願いします」


 私は宮守さんに一礼しました。


「じゃあ食べよっか!」

「そうですね」

 宮守さんもテーブル席の椅子に座り、私達は同時に手を合わせました。


「「頂きます」」


 今日の朝食はオムライス。

 見た目は普通のオムライス。だけど具を包んだ黄身の上にかける筈のケチャップは何処にも無く、かけ忘れているのかと思ってしまいました。


「ケチャップは?」

「私のオムライスにはケチャップなんて要らないよ」


 私は半信半疑でお皿の隣に置いてあったスプーンでオムライスの黄身を割る。

 すると中からは白いリゾットが溢れ出しました。


「美味しいです」

「それは良かった。それ食べ終わったら移動するよ」

「何処にですか?」

「内緒……」


 宮守さんはニコニコ微笑みながら、私にそう話しました。



   ◇ ◇ ◇



 食事を終えると私は宮守さんに案内され、見慣れない白い建造物の中へと入りました。

 そこは病院のような内壁で白い廊下が一直線にあり、奥にある白い両扉が私達に反応して自動で開きました。

 その部屋は100平方メートルの何もない場所でした。


「ここは……?」

「明日の模擬戦の場所だよ。ここでアキ君達は対戦相手と戦うの。と言っても戦うにしては小さい造りだけどね。アルティナだと都市四個分は必ず使うし、ここはまだ小さい方……」

「へえ……」


 明日ここでアキさん達は戦闘する。

 私は一体何処でそれをサポートするのでしょう。


「私達はこっちだよ」


 宮守さんはスマホを操作すると、壁の端から扉が開きました。

 私達は中へ入るとエレベーターの様に上へと移動し、ある部屋へ着きました。

 中央には巨大な液晶ディスプレイと、それが見える様に完璧に配備された機材が二十個ある小部屋がありました。


「ここがサポーター室。私達は明日、ここでアキ君達をサポートするの。驚いた?」

「はい。まさかこんな所にあるなんて思いもしませんでした」

「でもアルティナはこんな場所なんて無いから注意してね」

「え……!? どう言う事ですか?」

「アルティナの場合、自分達で拠点になりそうな場所を決めて移動するんだよ。だからサポーターもある程度戦う場合もあるの。まあアルティナ以外はこんな感じの造りだから安心だけどね」

「分かりました」

「じゃあ輝夜っち。堅苦しいと思うけど、明日は宜しくね」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「堅い堅い。じゃあ操作方法教えるね」


 その後。私は宮守さんに各機材について手とり足取り教えて頂きました。

 それから四時間後。ある程度の操作方法を理解した私は疲れ果ててしまい、宮守さんがそれに気付いて一度休憩を挟みました。

 すると宮守さんからお菓子を貰い、私は少し元気を取り戻しました。

 ふと私は今不在のアキさんが気になり、少し不安になってしまいました。


「アキ君なら大丈夫」

「え?」

「アキ君は輝夜っちと同じくらい真面目だからね。それでも気になるなら、金髪の娘がいない内に聞いちゃえば良いし……」


 金髪の娘ってガオウさんの事でしょうか。


「宮守さんは」

「呼び捨てで、望愛みちかで良いよ」

「それは出来ません……。じゃあ……、望愛さん。ガオウさんってどう言う方なんですか? ……変な事聞いてすみません」

「良いの良いの。…………、金髪の娘はね。まあ全体的に言えば、アキ君の保護者。私も詳しくは知らないけどね。ただ、あの娘の本当の名前は、ガオウじゃないよ。ガオウはあだ名。それは聞いてるよね?」

「はい。ガオウさんが恥ずかしいからって。そう言えばガオウさんがアキさんの事、お前って言ってるのも」

「うん。あの娘が恥ずかしいから呼び合わないだけだよ。でも本当に大事に思っている時は、互いに言うと思わない?」

「確かに……」

「実は私ね。明日が楽しみなの。だってここならアキ君の戦闘スタイルとか見れちゃうし、何ならあの娘の名前も早く分かるかも知れないから」


 笑顔で話す望愛さんを見て、私は自分と比較してしまいました。

 私は臆病ですね。死ぬ訳でも無いのに相手の事が気になるなんて……。

 今もアキさんの事が気になりますが、考えるのはやめましょう。


「望愛さんは凄いですね。私なんかよりも悩んでなくて……」

「輝夜っちは純粋なだけだよ。私があまり気にしてないだけ。それはアキ君にも言われたしね。じゃあ、また流れを説明するね」

「はい。宜しくお願いします」


 そう言うと望愛さんは私に流れの説明をし始めました。

 気休め程度ですが、望愛さんが話した純粋な自分の気持ちに私は納得しました。



   ◇ ◇ ◇



 その後。あれから二時間が経過して望愛さんの最終確認も終わり、私達は白い建造物を後にしました。

 外へ出ると空気が澄んでいて気持ちが良いです。

 ですが長時間あの場所から離れなかったので、既に太陽は橙色で夕日へと変わっていました。


「やっと解放された!」

「今日はありがとうございました」


 私は望愛さんに一礼しました。


「良いの良いの。私はアキ君に頼まれてたんだし。感謝するならアキ君に伝えてね」

「それもそうですね」

「で、どうする? この後」

「旧校舎へ戻って勉強します」

「熱意があって良いね。じゃあ私は旧校舎で何か調理するかな。その前に……」


 ふと望愛さんは後ろを振り向き、私もその目で追うように振り向きました。


「え? 何で……」


 するとかなり遠くから無数の機械人形オートマタがこちらに近付いているのがはっきりと見えました。


「輝夜っち、逃げるよ」


 望愛さんが私の右手を引っ張り、走ろうとした瞬間。

 私は望愛さんの目の前にいた人型の機械人形と目が合いました。

 逃げてと叫ぶ前に、望愛さんはその人型に腹を思いっ切り殴られて吹き飛ばされてしました。

 その人型は私を睨み付けると、両手を広げて捕まえようとして来ました。

 その人型の動きは早く、避ける事も逃げる事も出来ないまま私は目を閉じました。

 ザシュッと金属が何かに斬られた音に気付いて、恐る恐る私は目を開けました。

 すると目の前にはさっき吹き飛ばされた筈の望愛さんが、見慣れない長剣で人型の両手を意図も簡単に斬り落として私を助け出しました。


「大丈夫! 輝夜っち」

「望愛さんこそ……。それにその長剣は……」


 緑色に光る鈍色の長剣は近代武器として見慣れた鉄の剣のような見た目ではなく、淡い魔力のような物を帯びており、魔剣のようにも見えてしまいます。


「これ。私のソードデバイスよ。倉庫から持って来て良かった。危うく死に掛けたよ。いや、アレは死んだよ」


 望愛さんは笑みを浮かべながら、私にそう話した。


「まずは、一体目!」


 人型に内蔵された魔石を望愛さんは強引に引っこ抜くと、人型は動かなくなりました。

 すると無数の機械人形達が反応して、足が早い順に襲撃しました。

 望愛さんはそれに気付いて駆け抜けると馬型は頭を斬り落とし、獣型は蹴り飛ばし、鳥型は翼を奪い、巨人型は胸の魔石を砕きました。

 その光景を見ていると戦い慣れてると言うよりは、弱点を知っているような戦い方でした。

 全て片付け終わると、私の前に望愛さんは現れました。


「ふぅー。楽勝楽勝! 佐野が成長して無くて良かったー!」

「どうして分かるのですか……」

「ん? 私が技術科ディルギアだから。既製品には見慣れてるの。佐野の奴、オリジナルはアレ一体みたいね」


 望愛さんの指差す方向には、機械仕掛けの無人機のような機械人形は何もせずにその場に佇んでいました。


「アレは無理。逃げても無駄だろうし。お! あれは……。ティナ!」


 かなり遠くに魔術科マギカの黒いセーラー服の女子生徒と金髪の少女が歩いていました。

 それに望愛さんは気付いて、一人の名を叫んで呼び止めました。

 ティナってユニさんのお姉さん。

 どうして? いつも家にいるってユニさんが話してましたっけ。

 ティナさんは面倒臭そうにその場を去ろうしましたが、隣りにいた金髪の少女が説得しているのが見えました。

 アレって、……ガオウさん?

 ティナさんは溜め息を吐くと、金髪の女の子とこちらに向かって駆け付けて来ました。


「ありがと! ティナ」

「貴女の為ではありませんわ」


 そう言ってティナさんは私を見つめました。


「え……、私!?」

「いつもユニがお世話になってるみたいだから、今回は良いですわ」

「ありがとうございます」

「宮守。貴女は戦いに参加しますか?」

「ごめん。色々倒したから何か疲れちゃってる」

技術科ディルギアの異端児にしては上出来ですわ。それと、この事は教師に連絡しましたか??」

「ははは、通信妨害されてるみたい……」

「とことん使えませんわ。ガオウさんは彼に連絡を」

「分かった。やってみる」


(通信妨害されてるのに、どうやって……)


「ガオウさんは、二人を安全な場所までお願いしますわ!」

「ティナ。一人で大丈夫か?」

「心配御無用。これでも私は魔術科マギカですから」

「輝夜っち、逃げるよ!」

「分かりました!」


 私達が逃げようとした瞬間。機械人形の無人機のモノアイが赤く光り、動き出しました。

 やはり狙いは私達で、ティナさんを見向きもせずに襲いかかりました。


「無視ですわ、ね!」


 ティナさんが無人機を見つめると、無人機の動きが止まりました。


「行くぞ」


 その無人機を見続けていた私を見て、ガオウさんは私の手を引っ張り、私達を連れて南の森へと走りました。



   ◇ ◇ ◇



 明かりのない暗闇の中。私達は南の森へと着いて少しほっと心が落ち着きました。

 すると望愛さんとガオウさんは何かに気付き、ピタリと走るのをやめました。

 止まる二人を見て私は不思議そうに見つめていると、ボソッと望愛さんは呟きました。


「そこで何やってんの。佐野慎一郎……」


 ガサガサと音が聞こえ、振り向くとそこには魔術科マギカの黒い制服の見知らぬ男子生徒が雑木林から現れました。


「良く分かったな。宮守さん」

「貴方の気配なんて、お見通しよ」

「そうか……。なら遠慮なく」


 望愛さんの前に赤と青の人型の機械人形が現れました。

 ガオウさんは先に望愛さんより前へと踏み出ました。

 すると一体の赤い機械人形が、ガオウさんを拳で殴り付けて吹き飛ばしました。

 元々あった雑木林も一緒に吹き飛ばされ、大地は大きく抉りクレーターになる程の威力でした。


「ガオウさん!」

「輝夜っち、危ない!」


 私の前に望愛さんが現れると、青い機械人形が一瞬見えたと思えば、望愛さんと共に姿を消しました。


「え……?」

「あれは俺の最高傑作でね。赤鬼は力を全振りにしたパワー型、青鬼は速さを全振りにしたスピード型。どうだ? 凄いだろ。お姫様!」


 佐野は私の首を掴むと、次第に強く首を締め始めました。

 苦しい……。


「やめて……下……さい」

「嫌だね。お姫様をここで殺れば証拠は残さないし、九重明人の模擬戦が駄目になるからな」

「……それ、でも……」


 もう駄目。意識が途絶えてしまいます。

 するといきなり、今まで締め付けていた力が緩み始めました。

 その瞬間。私は佐野から飛び出して離れる様に距離を取りました。

 急いで息を吸って口の中に酸素を取り込み、少し落ち着きを取り戻すと私は佐野の行動を伺いました。


「へえー、やるじゃん。俺のナンバー12を倒すとはね。カメラを省いてたから、映像が残らないのは残念だな……」


 この状況の中でも平然と笑う佐野を見ていて、私はこんな事をして何が楽しいのか全く分かりませんでした。

 ただ分かるのは、狂気による殺戮のみ。


「……どうして」

「え? 何?」

「どうしてこんな事を……」

「そんなの決まってんだろ! 俺が大事に大事に捕えようとしていたお姫様の前にアイツが現れた。そして俺が製作した機械人形達をアイツ等に容赦無くぶっ壊された。これは九重明人自身の罪なんだよ!」

「……どうして、アキさんが罪を受けるんですか。アキさんは私を助けて頂きました。それなのに貴方は私の仲間を……」

「仲間? あんな雑魚集団が仲間だと? 既製品の機械人形はとにかく、俺のオリジナルを倒せない奴なんて、なんだよ」


 すると私の背後から凄まじい威力で何かが飛んで来ました。

 佐野は醜い物を見るような目でそれを躱すと、周りにあった木に当たって粉々になった所でそれが何かなのか分かりました。

 鉄の長剣。それも貴族が持つような代物で装飾のある長剣でした。


「へえー。赤鬼の攻撃を受けても、死ななかったとはな。大したものだ」


 振り向けば、そこにはガオウさんが立っていました。


「アイツを馬鹿にすんじゃねえ。人間風情が……」


 ガオウさんは鉄の長剣を握り締め、真っ直ぐ駆け抜けました。


「行け。赤鬼!」


 赤鬼は佐野の前へと現れました。

 するとその隣りにはいつの間にかガオウさんが待機していました。


「よお。お前ら、覚悟は良いか……」

「いつの間に!」


 ガオウさんは何かを口にしました。

 すると訳も分からず私は倒れて気を失いました。




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