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 0 Prologue / 始まり 

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3話「謎の魔法使い」


 俺はゴブリンとの戦闘で経験値を稼ぎながら前進する。

 そんな俺の姿を見てブリキもまた、ゴブリンを一体また一体と魔法職でありながらも確実に仕留めていく。

 そしてようやく俺達は漆黒の両扉の近くまで辿り着いた。

 周囲にはゴブリンの上位クラスであるコボルトが次々と出現し、漆黒の両扉を守護するかの様に見張っていた。

 するとまた俺の身体から電流が流れるような強い気配を感じたが、以前と同様にその気配は消え去ってしまう。


(だからさっきから何なんだよ……)


 俺は疲れ気味に漆黒の両扉へ向き直ると、先に前進していたブリキが呆然と立ち尽くしていた。


「どうした?」


 ブリキを呼びかけたが何も動じず、俺はブリキへと近付く。

 すると漆黒の両扉の近くでは、今まで姿を見せなかったコタがコボルト達を引き付ける様子を目撃した。

 いつの間にか仮想世界に慣れたコタの姿を見て、俺達はまたしても驚かされた。

 コタは二本の剣を匠に扱って、コボルト達を何の躊躇いもなく全て掃討する。

 当の本人も俺達に気付いたようで、コタは自慢するかのように八連撃を披露して見せた。


「ホムっちとブリキは先に行ってて。僕はあとで行くから」


 コタはバイバイと偉そうに手を振ると、またコボルトを引き付け始める。

 あんな自分勝手なコタを見て、ブリキは俺に話し掛けた。


「だとよ。魔王様、どうする?」


 ブリキはまだコタとのパーティー歴が浅い。

 だがコタとのパーティー歴が長い俺でも、既にお手上げ状態だった。

 だからこそ俺は立場上無責任かも知れないが、特に何も考えずにブリキに応えた。


「コタがあー言っているし。俺達はボスを倒しに行こうぜ」


 俺のその言葉にブリキはホッと軽めの息を吐く。


「それもそうだな。俺達が向こうに行っても、いつかは全滅するだろうし……」


 ブリキは改めてコタのいる場所に目を向けると、敵の数を見て顔を青褪める。

 それもその筈。

 俺達はコボルトなんてモブを、未だに一体も相手にした事が無かったからだ。


「わかったなら急ぐぞ。コタが自分から囮になってくれたんだ。このチャンスを見逃したら、全てが水の泡になるからな」

「わかったよ、魔王様。前衛頼めるか?」

「ああ。任せろ」


 俺は漆黒の両扉まで真っ直ぐ駆け抜けた。

 そして進行方向にいたコボルト達に向けて、俺は鞘から太刀を引き抜き、全てを薙ぎ払うように技を使用した。


「〝【魔王剣技】 桜花一閃〟」


 輝きに満ちた刃先が閃くと、桜の花弁が風に流され、そして舞い散る。

 するとその場のコボルト達は、広範囲までに及ぶ麻痺を全身に受けた。


(これでコボルトからの攻撃は回避できる。あとは……)


 魔力を追加要求する太刀を一度キャンセルし、鞘に無理矢理しまい込む。

 そして俺は透かさず防御技を使用した。


「〝【魔王宝具】 ホムラ神楽カグラ〟」


«ホムラはブリキに【ダメージ軽減】を付与されました»


 こうやって防御技を使用すれば仲間が敵に倒される心配は無く、遠距離射撃による魔法や弓矢などに対しても防御手段として効果的だ。

 とは言ってもこれは完全に防御した訳では無い。

 だが仲間のHPバーが大幅に減る心配は無くなった。


(これで充分だな)


 ふぅと軽く息吐いて、俺は後ろを振り向いて背後を警戒する。

 すると後を追っている筈のブリキの姿は無く、俺の持つ魔王の技に見惚れてしまい、ブリキは最初の場所から全く離れていなかった。

 そしてブリキの背後にはゴブリンの姿が……。


「後ろだ、ブリキ! 何やってんだ。早く来い!」

「ああ。おっと……」


 ブリキは背後のゴブリンに殴られそうになり、咄嗟に回避した。

 その時に生じる多少の被ダメージは必ず入るものだ。

 だが【ダメージ軽減】のお陰で本来受ける筈の被ダメージを殆ど受けずに処理され、すぐにブリキはその場から逃げる事が出来た。

 ブリキは麻痺で痺れた状態のコボルト達を駆け抜けて、先行する俺の場所まで追い着いた。

 その後の行動も楽勝だった。

 俺は近接攻撃で敵を分散させながら攻撃を受け流し、ブリキは遠距離魔法を放って極力回避に専念しながらも前進する。

 そして俺達は漆黒の両扉の一歩手前まで辿り着いた。



   ◇ ◇ ◇



 禍々しい漆黒の両扉は巨人が住みそうな程大きな両扉で、俺とブリキは二手に別れて一気にその両扉を開いた。

 すると両扉の内側は暗黒の世界が広がっていた。

 明かりのような物は何一つ灯されておらず、不自然過ぎる程そこには何も見えなかった。

 これでは敵が潜んでいる可能性があるので、俺達は迂闊に動く事さえも出来ない。

 だが進むしか道は無さそうだ。


 もしここがボス部屋だとしたらボスはプレイヤーを認識させる必要があるし、部屋の明かりでさえも灯されず暗いままだ。

 それに俺達の周囲には、コボルト達の麻痺が少しずつ解け始めている頃だろう。

 俺は勇気を振り絞り、恐る恐る前進した。

 だが周囲を見渡しても、一向に敵の姿を見る事は無かった。

 罠も無ければ、地形変化もない。

 ここはただの暗闇だと、俺は素直に判断した。


 俺はブリキが視認出来る範囲まで戻り、ブリキに軽く合図を送る。

 するとブリキも半信半疑で暗闇の部屋へと侵入した。

 どこか不自然だと感じたのかブリキは一度その場から立ち止まり、瞳の色を黄緑色に光らせた。

 あれは夜目の特殊能力だ。


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【夜目】


 暗い場所でも視認できる能力。

 特殊能力は自分が視認できる場所のみ、敵の配置やアイテムなどを特定できる。

 但しある程度地図を埋める必要がある為、ソロだとオススメは出来ない。

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 ブリキは安全を確認する為に夜目を使用したのだろう。

 俺と違って冷静な判断だ。

 案外ブリキは周りが気付けない所も視野に入れて考えているのだと、俺は初めて実感した。

 するとブリキは咄嗟に何かに気付き、俺に向かって急いで叫ぶ。


「ホムラ、上だ! その場から逃げろ!」


 俺は真上を見るよりも先に、誰かから棍棒で頭を殴られた。

 五感調整したお陰で俺の脳には、棍棒で殴られた様な強い衝撃を感覚として頭に受け、俺はその場から倒れて意識を失った。

 そして次に意識から目覚めて気付いた時には、視界からは薄っすらと何かが見えるが、それ以外は何も分からなかった。


(ここは……どこ、だ……。いったい……何が……)


 俺の画面には麻痺や混乱などの状態異常が掛けられており、とても起き上がれそうな状態では無かった。

 すると誰かが俺の耳元で囁いた。


「やっとお目覚めか? 小僧」


 一瞬。俺の思考は停止した。

 真横から悪役を演じる30歳後半の男性の声が聞こえたからだ。

 だが俺の意識は混乱していて、男性に反論する事すら出来なかった。


「……誰、だ……。お……前は……」

「俺か? そんなのどうでも良いだろ。負け犬」

「誰が……負け犬、だと……」

「そうかっかするなよ。まあお前の仲間は先に殺るけどな。ハハハ」


 男性はこの状況を楽しみながら高笑いし、自力で起き上がろうとする俺の背中を足で踏み付けてねじ伏せた。

 その言動で俺は男性がプレイヤーキラーだと判断した。

 俺の視力は少しずつ回復しているが、待ちきれずに周囲を見回した。

 まず最初に気付いたのは明るさだ。

 さっきまで暗闇で何も見えなかった筈の景色が、今は薄暗い程度で大体の位置を把握する事が出来る。

 次はブリキだ。

 ブリキは俺の隣で、男性の仲間にねじ伏せられていた。

 そして最後に目の前に見える漆黒の両扉は閉じられていた。


 そんな中。俺はある事に気付く。

 それはコタがこの場にいない事だった。


「もうそろそろ負け犬のお仲間が駆けつける頃だろうが、ちと遅えな……。アイツらは何をしてるんだ? おい。アギス!」


 男性は怒鳴るようにアギスを叫ぶと、すぐに若い男性が駆けつけた。


「何でしょうか? ボス」

「準備は整っているな。偵察隊を出せ! アイツらにしては遅すぎる!」

「御意。……ですが、ボス。もう時期来ますよ。今両扉の向こう側に1人の気配を感じますし……」

「そうか……。ならアンチマテリアル。全員装備を命ずる。集中砲火、用意!」


 俺の隣にいた男性は対人ライフルを手に取ると、後ろから銃の装填音の他に、カツンッと杖を鳴らす音が聞こえた。


(くそ、時間がない)


 暴れる俺に対してブリキは鋭い視線を向けて、『気持ちを押し殺してくれ』と頼んでいる様に見えた。


(何でだよ。ブリキ! コタを見殺しにするのかよ!)


 心の中で叫ぶ間も刻一刻と、その漆黒の両扉は音を立てながら開こうとしている。

 それが完全に開放した頃には、俺は歯を強く噛み締めながら目を閉じた。


(もう、駄目だ……)


 そして数分が経過し、男性の対人ライフルを合図に集中砲火が行われた。


「撃てー!」


 複数の爆裂音が四方八方から聞こえ、うつ伏せの俺達は地面にしがみつき、爆風に耐えるだけで精一杯だった。

 そんな中。ふと誰かが呟く。


「アレ頑丈っすね。ボス」


 するとその呟きを引き金に他の誰かが呟き始め、永遠と繰り返された。


「耐久値、高過ぎ!」

「くそっ!! 弾切れだ。誰か補充させてくれ!」

「ランカーかよ!」

「まさか、チーターだったりして……」


 とうとうアギスまでも、その光景を眺めながら呟いた。


「初期魔法なのに頑丈ですね。あの


(マジックシールド? コタは職業的に剣士の筈が……)


 恐る恐る俺は目を開き、その漆黒の両扉へと視線を向けた。

 そこには確かにマジックシールドで防御する何者かの姿が見えた。

 まるで魔法使いのような姿をしており、すぐにその人物がコタではないと分かる。

 だったら『コタは?』と疑問が一つ増えてしまいそうだが、アギスが話していた人物はこの魔法使いで間違いなさそうだ。


 魔法使いは低い身長にボロいローブを羽織り、左手には杖を構えていた。

 そして右手は前へと広げ、手の平には黄色の魔法陣があり、そこから自身の身長よりも大きいマジックシールドを展開させて防御に徹していた。

 その姿に俺は見覚えがあった。


(あの時の……)


 そう。この魔法使いは初めて間もない俺の前を横切った人物だった。

 男性は俺達の監視をやめて、漆黒の両扉へと駆け抜けた。

 透かさずショットガンをしまい込み、鞘から大剣を抜き取る。

 男性は高く跳躍し、大剣を大きく振るってマジックシールドに向けて、十字斬りを放った。

 するとマジックシールドは砕け散り、魔法使いは後方へ下がった。


「今だ。お前ら!」


 男性がそう叫ぶと、四方八方から魔法使いに向けて集中砲火を開始させた。

 それと同時に俺の隣で、敵の悲鳴が聞こえたので振り向いた。

 するとそこにはボロボロのブリキが、俺に手を差し伸ばしていた。


「ブリキ」

「あのおっさんが離れたお陰で動けるようになったんだ。魔王様も飲めよ」


 ブリキは俺を起き上がらせて、俺に赤色の小瓶を渡した。

 俺はコルクの蓋を開けて、小瓶の中の液体を口に含ませる。


«ホムラは【麻痺】【混乱】【精神異常】から回復しました»


「魔王様。礼は後にしてくれないか。先にこの場から脱出しないと行けないからさ」

「あの魔法使いは助けなくて良いのか……」

「たぶん。否、あくまで俺の予想だけど、あの魔法使いは別に助ける必要はないかなって。だから魔王様。早く俺らは逃げるぞ。確かこっちに行けばセーフティーエリアがあった筈だ」


 ブリキは漆黒の両扉とは真逆の方向へ走って行く。

 俺も後ろからブリキを追い掛けて行くと、遠くから白い部屋が見えた。

 どうやらあれがセーフティーエリアと呼ばれる場所だと思った。


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【セーフティーエリア】


 安全地帯に良く似ている。

 ここではダメージは減ることはなく、死ぬこともできない。

 記録の結晶石というアイテムがあれば、セーブが可能。

 次来る時にロードすれば、この場所へ転移できる。

 その他に強制脱出する為の転送装置やたまに落ちているアイテムなどがある。

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「そう言えば、追手は……いない」


 俺は後ろを振り返ると、俺達を追う者は誰一人としていなかった……。

 誰かの視線を感じて、咄嗟に右へ振り向く。

 すると俺達が見えるギリギリの位置にひっそりと潜む敵が狙撃銃を構え、俺達に狙いを定めていた。

 だが何もせず、すぐにその狙いから外れた。


(どういう事だ?)


 狙撃する方向を確認しつつ、俺はその場所をじっと見つめた。

 するとそこから魔法使いの姿が薄っすらと見えた。


(そう言う事か……)


 既に敵は俺達に眼中はなく、次の獲物として魔法使いへと切り替えていた。

 そしてこの狙撃はあの魔法使いからして見れば、不意打ちにしか見えなかった。

 今俺達がここから逃げれば、あの魔法使いは最悪死ぬかも知れない。

 俺達の前に魔法使いが現れた。だからこそ俺達は助かったのだから。


(これって等価交換か……。だったら……)


「ブリキ!」

「何だ、魔王様。こんな時に……」

「俺はあの魔法使いに借りを返しに行って来る」

「はあ!? おい。待て!」


 俺はブリキを強引にセーフティーエリアへと押し飛ばし、敵に向けて駆け抜けた。

 敵も近付くに連れて俺の存在に気付いたが、冷静に考えて無視した。

 ここからでは俺の攻撃は届かないとでも思っているのか、そんな風にも見えてしまう。

 それは大きな間違いだ。

 何故ならそれは、俺が初代魔王を受け継ぐ存在だからだ。


「〝【魔王剣技】 焔神楽ッ!〟」


 俺は鞘から太刀を引き抜き、敵に向けて横へと斬る。

 刃先は敵に全く当たらず、その攻撃を横目に敵は軽く笑う。

 だが次の瞬間。敵は何かに気付くよりも先に絶命して四散した。


「やっぱり気付く訳ないか……」


 魔王剣技は技による攻撃、魔王宝具は技による防御が特徴の初代魔王専用の技。

 桜花一閃以外の技は強すぎる故に、基本回復するまでに最低約半日は時間が掛かる代物だ。

 今使用した技は、【魔王剣技】焔神楽。

 ダメージを軽減させる防御技だった魔王宝具とは違い、魔王剣技では強力な技へと生まれ変わり、プレイヤーに魔王クラスの炎弾を放つ技だ。

 大抵は技を使用した時点でバレる筈だが、VR版だと案外気付かれる心配は無さそうだ。

 俺は太刀を鞘にしまい、あの漆黒の両扉を目指して駆け抜けた。



   ◇ ◇ ◇



 俺があの場所の近くまで到着した頃には、戦いは終盤を迎えていた。

 あの魔法使いが強過ぎたのか、その場には男性とアギスのみ。

 それ以外の敵は一人もいなかった。


(俺が来なくても決着は着いていたか。心配して損したな……)


 セーフティーエリアに戻ろうと、俺は後ろを振り返る。

 すると敵は奇妙な行動を見せた。

 男性は中華鍋のような大盾を傘の様に使い、アギスは魔法の詠唱をしてマジックシールドを展開させた。

 敵のその行動に魔法使いは不思議そうに首を傾げた。

 俺は真上だろうと直感で判断して天井を見上げたが、今も天井は暗闇のままだ。


(光る物なんて、ある訳……)


 すると俺の視界から、銀色の鋭い何かが映り込む。

 俺は地面を蹴り、その場から走り出した。

 鞘から太刀を抜いて刃先を地面と密着させてジリジリと音を鳴らしながら、俺は技を使用した。


「〝【魔王剣技】 桜花一閃ッ!〟『雷よ。我が剣技に応えよ』」


 輝きに満ちた刃先が閃くと、大地に密着させた刃先が摩擦により、少しずつ火花を散り始める。

 やがて火花から電気が迸り、太刀は雷を纏った。


「『荒れ狂う桜の風よ。今こそ我の前へと姿を現せ』〝【魔王剣技】 雷鳴の嵐〟」


 俺は真上へ向けて、太刀を振り上げる。

 すると突然。真上に荒れ狂う嵐の旋風が放たれ、真上で潜んでいたプレイヤーが雨の様に降り落とされた。

 俺は倒れたプレイヤー達を確認すると、大体が軽装備で片手には弓を持っていた。

 あの時俺が見つけた物は、彼等が構えて所持していた矢だった。

 もしかしてブリキが最初に気付いたのは、これだったのかも知れないな。


 敵の仲間が四散しては消えていくといった異常な現象に、男性とアギスは俺の存在に気付いた時には彼等は既に四散していた。

 俺の手によって……。


「一時はどうなるかと思ったよ」


 そう言って座り込むと、魔法使いは俺に杖を向けた。


「助けてくれとは言って」

「ああ。分かってる。俺はアンタを助けたいと思ったからやったんだ。それでアンタの機嫌が悪いなら、今ここで俺を殺しても構わない」


 すると魔法使いは一度黙り込んだが、少し待つと俺に話し掛けた。

 だがその声は俺には何も聞こえなかった。

 それはこの頃の記憶が、俺にとって曖昧な存在でしか無かったからだ。

 そこで俺はようやくこれが夢の中なのだと気付かされる。

 やがて光が俺を包み込み、そして現実世界へと招かれた。




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