両扉の向こう側へ着くと、神秘的な世界が広がった。
中央にある謎の石碑。右側には緑色の光を纏った小さな泉がある。
その泉のお陰でここの視界は充分過ぎる程良好だ。
(敵は、いないみたいだな)
一度。一息吐いてから周りを見渡していると、アキラは謎の石碑の手前で待っていた。
「ここは?」
「フリーで言う所の安全地帯。私達はセーブポイントと呼んでいるです。と言っても、セーブ機能はないですが……」
アキラは思い出したかように杖で小さな泉を指した。
「あれは妖精の泉。ホムラさんの魔王剣技も回復すると思うので、浴びて来るです」
「わかった」
妖精の泉に近付き、足を踏み入れる。
温度は案外冷たくなく、微かに温かく丁度良い。
俺は全身に行き渡るように身体を浴びた。
すると体力は全回復し、身体が軽くなっていくのが感覚で実感できた。
そして本来一度しか使えない筈の魔王剣技も、使用可能の状態に戻っていくのには驚かされた。
「へぇー、凄いな」
俺は妖精の泉に鑑定スキルを使用する。
━ ━ ━ ━
【妖精の泉】
疲れきった冒険者達の休息所。
効果。HP全回復、MP全回復、制限付きの技を初期状態に戻す。
設置場所。各ボス戦付近。
━ ━ ━ ━
「終わったら、こっちに来るです」
「わかった」
俺は謎の石碑があった場所へ戻ると、アキラはすっと石碑に手を当てた。
「これは解放の石碑。石碑は解析を使わなければ、反応しないです」
(リベレイト?)
「って、事は……」
「そうです。解放は、ファントムコードの一種。ファントムリベレイトと呼ばれる強化外装です」
ファントムリベレイト。さっきアキラがプロメテウスで使っていたアレの事だろう。
アキラはマジシャンを使っていた。
ならばファントムリベレイトは他にも無数に存在するって事か。
「ホムラさん。今から私が解析を使うので、この石碑に手を当てるです」
「ああ」
俺は解放の石碑に手を当てた。
「〝ファントムアナライズ リベレイト〟」
ポゥっと石碑から文字が白く発光し浮かび上がると、石碑を中心に半径1メートルの魔法陣が地面に展開された。
ふと手の甲を見れば、横文字で『liberate』と白く発光し、展開された魔法陣と共鳴するかのように、文字の周りにはそれと同じ魔法陣が描かれ、地面に展開された魔法陣は役目を果たしたのか自然消滅した。
《ファントムコード。解放を解放しました》
《固有リベレイト。ソードマン、マジシャンを取得しました》
アナウンス後。手の甲を見ると、あの文字は綺麗さっぱり無くなっていた。
「おお!!」
「興奮するのはまだ早いですよ。ファントムゲージを見るです」
(ファントムゲージ。これの事だろうか……)
HPの黄色のゲージやMPの緑のゲージとは別に、新たに追加された銀色のゲージ。
その銀色のゲージをよく見ると、4つに分割されている。
「ホムラさん。ファントムゲージを1つ使って、試しにリベレイトしてみるです」
俺はアキラに言われた通りファントムゲージを1つ消費して、さっそく言ってみた。
「〝ファントムリベレイト ソードマン〟」
ソードマンだからだろうか、格好良い剣士を想像してしまう。
アキラの魔女衣装の作りが本格的過ぎていたから、どうしても心が踊ってしまうものだ。
だが現実はそう甘くはなかった。
「終わったですよ」
「え……」
「どうしたですか?」
アキラは不思議に思い、首を傾げた。
俺は自身の装備を手当たり次第確認したが、何も変化が見当たらない。
と言うか、能力さえも鑑定スキルで見たが微妙過ぎていた。
━ ━ ━ ━
【ソードマン】 【固有〈X1〉】
初心者の剣士が最初に使用する、あらゆる技に特化した能力が付与される。
〈X1〉
初級剣術、攻撃力増加 盾の防御増加
━ ━ ━ ━
(初級剣術……。基本魔王剣技と宝具しか使わない俺に対して、何だよこれ。それに盾なんて、あっても邪魔なんだよな……)
あまりにも使えなさに俺は地面に手を置き、前へと倒れ込むように跪いた。
「俺の想像と違う……」
ひょこっとアキラは俺の隣に座ると、ボソリと呟いた。
「私と比べたんですか?」
「ああ」
「私のマジシャンは極めているので……」
(血の涙しか出ねぇよ)
実際に血の涙は出ないが、アキラのその理不尽な言い方には出しても良いんじゃないかと心から思った。
◇ ◇ ◇
「で、何で何も変化がないんだ」
「何がですか?」
「衣装だ。アキラの時は変わってただろ」
「ああ」
(ああ。じゃねーよ)
「あれは、ですね」
するとアキラは杖を鉛筆にして、地面に簡単な絵を書いて俺に分かり易く説明する。
「ファントムゲージを2つ消費したからですよ。鑑定で見てると思うですが、そのX1は、いくつ消費したかです。X2になれば、衣装の他に能力も追加されるです」
「じゃあ一旦リベレイトを解除するから、解除方法を」
「やめた方が良いですよ。ファントムゲージは、現実の午前0時にしか全回復しないので……」
「? 少し聞いても良いか? ここは現実との時間差はどれくらいなんだ?」
ゲームと現実。数あるVRゲームの中には体感時間が違う物も少なからずある。
まあそういう物はゲーム側が早いのがほとんどだ。
逆に現実側が早いのは都合上非常に悪いので、社会から自然消滅されるのが当然だ。
「現実が1日だとすれば、ここは最低4日かかるです」
「4日!? 長くないか……」
ここでの1日が、現実では僅か6時間。
ユーザーは遊べるから悪くはないが、それにしても運営は何がしたいのか分からない。
もしデスゲームだったら、いったいどうなっていたのだろうか……。
「この世界にずっと居られるので私は良いですよ。流石に長期滞在は不可能ですけど……」
「まあな」
「解除方法は防具を解除するイメージで、リベレイトアウトと言えば良いです。リベレイトタイムは消費したファントムゲージにも寄るですが、使わないなら解除した方が良いですよ。使用したリベレイトは最大2つまでなら、リベレイトタイムが切れるまで何度でも使えるので……」
(そういう事も出来るのか)
俺は一度整理した。
━ ━ ━ ━
ファントムリベレイト。
・ファントムゲージの数で能力が変わり、一度解除すればリベレイトタイムが切れるまでは使用可能。
・リベレイトタイムは、消費したファントムゲージによって変わる。
・ファントムゲージは現実の0時に全回復し、この世界では4日かかる。
ファントムゲージの初期値は4つ。見る限りだと最大8つ。
消費する場合、現在2つまでなら使用可能。
━ ━ ━ ━
「〝リベレイトアウト〟」
「では、行くですよ」
「何処に?」
「出口です」
俺はアキラを先頭にして、後を付いていく。
アキラは何もない壁へ真っ直ぐ歩き進めるから、このままぶつかるのかと冷や汗をかいたが、壁の方から火のエンブレムが刻まれた魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣は俺達を認識すると、蝋燭の火をふっと消すかの様に火のエンブレムは消え去った。
すると同時に魔法陣の方にも亀裂が入り、意図も簡単に割れる。
それから数秒も経たずに壁も呆気なく崩れ落ちた。
元々壁だった所にはぽっかりと開いた空洞ができ、外の日差しが強いのか、空洞の奥からはその景色が少なからず視認できていた。
「これが出口か?」
聞くと、アキラは頷く。
「じゃあ行こうぜ」
「待つです」
「何で?」
「罠があるかも、……知れないです」
急に心配し出したアキラに、俺は溜め息を漏らした。
「じゃあ俺は待機してるから。アキラが先行して、安全かどうか確認するのはどうだ?」
「良いんですか?」
「ああ。俺はまだファントムフリー初心者だからな。この世界の事情すら知らない素人だ。だからアキラに任せる」
「分かったです。じゃあ見て来るので、私が合図するまで待つですよ」
「ああ。分かった」
そう返すと、アキラはトコトコと先に前へと歩いて行く。
数分後。アキラが戻って来ると、どうやら外で待ち伏せしてる奴が一人いるらしい。
危害を与えるかは不明だが、俺も同行して欲しいと言うので、その空洞へ足を踏み入れた。
中は空洞と言うよりも洞穴に近く、触ってみると土なのか分からないが、ざらついた感触に俺はまたしても驚く。
「どうしたのですか?」
「いや、感触までも妙にリアルさを感じてさ」
「フリーはある程度しか再現出来てないですからね。まあ、あまり深く考えない方が良いですよ。ここの恐ろしさに気づいた時、何も出来くて立ち止まる者も少なからずいるので」
「助言か。ありがとう」
「では行くですよ」
俺達は空洞を通り抜け、出口を目指した。