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 Ⅰ Fragment / 救世の絆 

Ⅰ 15/17

15話「対話」


「ここは…………」


 真っ白の世界で何も存在せず、存在すらも許して貰えない場所で唯一人、俺は取り残されていた。

 さっきまで火の神殿の最奥にあるボス部屋にいた筈なのに、何で俺だけがここにいるのか何も分からなかった。


 すると奥から黒いコートを着た背の高い男性が姿を現した。

 俺に近付くにつれて、口を閉ざしていた筈の男性がふと何かを呟く。


「やっと目覚めたか……」


 男性の声はだいぶ大人びてはいるが、何処か若者ような声にも聞こえてしまう。

 俺はその男性の声に何処か聞き覚えがあった。

 それもその筈。この男性は俺を呼び掛けていた奴の声に似ているのだから、俺が知っているのも当然であった。

 だが俺の名前を知っていて何故この瞬間だったのか謎はいくつか残るが、俺はこの男性に頼るしか他に方法は見当たらなかった。


「何を言っているんだ?? アンタはいったい何者なんだ??」

「……?? さっきもそう言ってたな。なら聞くが、焔は何処まで憶えている??」

「悪い。言ってる意味が分からない」

「そうか……」


 男性は懐から銃を取り出し、引き金を引いて俺へと向けた。


「何の真似だ!!」

「直ぐに分かる〝バレットノイズ〟」


 すると男性は何の躊躇いも無く、俺を撃った。

 撃たれた弾丸に心臓が止まりそうになったが、弾丸は俺の身体に触れる前に消滅した。

 すると目の前で不思議な光景が広がった。

 黒い装飾の布切れの様な物が周囲から姿を現し、甲高い悲鳴を上げて消滅したからだ。


「何が起きたんだ……??」

「黒の束縛。コイツのせいだろうな」

「だからさっきから何を……」

「目覚めろ。黒井焔。お前はまた……」


 繰り返すのかと口の動きだけで俺は判断したが、何が何だか分からない。


 繰り返す?? 何を??

 俺は一体、何者だったんだ??


 そして目の前が真っ白になり、いつの間にか俺はまた気を失っていた。



   ◇ ◇ ◇



 俺はふと目を覚まして再び起き上がる。

 今度こそ火の神殿の様だが、何処か違う様にも見える。

 だけど何処か見覚えがある場所なのだから、俺が唯忘れているだげだろうと思った。


(ここは……、何処だ??)


「やっと起きたね」


 不意に少女の声が聞こえ、俺はそれに振り向く。

 すると白い長髪の少女が不思議そうに、朱色の瞳で俺を見つめながら首を傾げた。


「どうしたの、焔??」

(誰??)


 とは思ったが、俺は何も言えなかった。

 でも誰かに似ている。確か……。


「真白か??」

「正解!! 黒の束縛の効力が切れちゃったら分かるよね」


 分からなかったって言ったら、殺されそうだな。

 俺だって半信半疑で言ってたし……。


「でも良かった。凄くうなされてたから……」


 道理で目覚めが悪い訳だ。


「じゃあ俺は行って来る」

「待って……。焔はまだ思い出して」

「真白を思い出せただけでもマシだ。俺は悠長に時間を費やす暇が無いからな」

「だったらあげないよー?」

「別に構わない。ステータスは初期化されてるだろうし、装備すら出来ないんだろ?? だったら後で渡しに来てくれないか??」


 俺は今、何を喋っているんだ。

 自分の口から話した言葉に戸惑いを隠し切れないが、真白には気付かれたく無かったのか、顔は見ずに返事だけを返してしまった。


「狡いよ。焔は。私との久し振りの再会を前にして、まだあの子に未練があるの??」

「悪い。始まったみたいだから、いつか会おう。真白」


 またしても意味深な言葉を返すと、俺は真白という少女に別れを告げた。


《システムにエラーが発生しました》

《システムにエラーが発生しました》

《システムにエラーが発生しました》

《システムにエラーが発生しました》

《システムにエラーが発生しました》

《システムにエラーが発生しました》

《システムにエラー…………》



 ズキンッ。俺の脳裏にアキラと出会った時の記憶を呼び覚ます。

 それはあの頃の記憶。

 否、過去の。

 違う。これは…………。



   ◇ ◇ ◇



 魔法都市アルカナにある火の神殿の最奥で、魔法使いの少女アキラを救いに乱入して来た男性は白い甲冑を着た兵士ギブリと激しく戦っていた。

 だが男性はレベル差が桁違いのギブリに弄ばれ、すぐに身動きが取れなくなってしまう。

 するとギブリは白色の長剣に白い炎を纏わせ、男性にコアキルという特殊な技、否、人その者を消滅させる技を長々と説明した。

 このゲームの真実を知ってしまった男性はアキラを守ろうと必死に抵抗するが、ギブリは何も出来ないまま男性を見て満面の笑みを浮かべていた。

 そしてギブリは白い炎を纏わせた白色の長剣でアキラに襲い掛かる。


「〝コアキルッ!!〟」

「いやああッッッッ!!!!」


 アキラの叫んだ断末魔と共に、男性から何かが抜け落ちたような気がした。


(これが……、過去の記憶……??)

『そうだ』

(誰だ、アンタ!!)


 振り向くと目の前で不思議な現象が起きる。

 それは俺と瓜二つの男性がいたからだ。


『俺は黒井焔。と言っても本人を目の前にして、そんな事言える口では無い筈だ』

(俺が何で二人も……!!)

『それは黒の束縛というのが外れたからじゃ無いのか……??』

(だからその黒の束縛って何なんだ!!)

『俺が知っていると思うか?? まあ良い。あれを見ろ。まだ戦いは終わってない』


 黒井焔を名乗る男性に言われるがまま、俺は振り返れば消滅しかけたアキラに寄り添う男性の姿が見えた。

 アキラは最後に何かを言い残すと、男性は泣き叫んだ。

 それを見たギブリは嘲笑いながら男性に不意打ちを仕掛けた瞬間。

 何かが起こった。

 男性の姿は禍々しい黒い悪魔の姿に変わり、ギブリに襲い掛かった。


(これは……??)

『あるリベレイトの暴走だ。俺は制御出来ず、ギブリを殺し掛けた』

(まさか、コア)

『殺し掛けたって言ったろ。あの時は恐かったんだ。だから俺はギブリをコアキル出来なかった』


 そして男性はギブリを力のみで捻じ伏せ、勢いだけで倒してしまった。

 もしこの男性が俺だとしたら、アキラを失った悲しみはまだ続いているようにも思える。

 だけど現実は変わらない。受け入れるしか他に方法はないのだから。


『だが暴走はこれでは終わらなかった』

(どう言う事だ!! ギブリは倒されたんだろ!!)

『なら、あれを見ろ』


 そこには黒い悪魔と化した男性が周囲にいたプレイヤー、NPC、モンスターに襲い掛かる姿が見えた。

 黒い悪魔は雄叫びをあげながら何もかもを倒しまくっていた。

 それはまるで魔王が復活したかの様に……。

 するとそこに黄金の片手剣と錆び付いた片手剣を使う二刀流の銀髪の少女が現れた。


(あれは……??)

『私だよ。ホムちゃん』


 少女の声に気付いて振り向くと黒井焔を名乗る男性の姿は無く、銀髪の背の低い少女が俺の前へと現れていた。


(その声……!! 先生!!)

『正解!! 現実の立華空にも構ってあげて。彼女は唯一黒の束縛を受けなかったんだから』


 無い胸を張りながら、立華空は俺に対して微笑む。


(だからその黒の束縛って……)

『ごめん。私にも良く分からないんだ。ただ私は現実のアキラを救って欲しいだけ』

(悪い。さっきコアキルされたんだ)

『知ってる。でも大地君のお蔭でコアキル前に巻き戻してるみたいだから、救ってあげて。それは現実の立華空の願いだから』

(えっ……、それはどう言う)


 立華空は右目をウインクしてまた微笑んだ。


『始まるよ』


 銀髪の少女が悪魔と化した男性に一撃を入れると、男性は意識を失ってその場に倒れた。

 それから時が経ち、その銀髪の少女が立華空だと気付く頃には男性の友達になっていた。

 だがそんな立華空にも悲劇が訪れた。

 男性はスカーレットアイズの呪術師フィアに身体を乗っ取られて正気を失うとまた暴走し、男性は立華空の前に敵として現れた。


『あの頃の私は散々な目にあったんだよ。でも、それでも貴方は気付いて、私を救ってくれたんだよ』


 すると悪魔と化した男性は、傷付いた立華空の前で止まって頭を垂れる。

 その行動にフィアが気付くと、男性はまた支配される前にフィア自身を倒した。


 俺はその男性の行動に見惚れてしまっていた。

 今の俺の力で果たしてあんな事が出来るだろうか、と考えてしまう程に……。


 そしてまた時が経つ。

 アキラをコアキルしようと考えた真犯人がテラである九重明人だと分かり、男性とその仲間達は、九重明人のいるスカーレットアイズのギルドへと奇襲した。

 仲間達が強敵に挑み、男性を先へ行かせる中、男性は九重明人と対峙する。

 男性は九重明人と戦闘したが今までの敵とは比べられない程に強く、硬く、空きの無い戦いに苦戦していた。


『それもその筈。アキは貴方より何倍も強いし、私が認めるサブマスよ』

(アンタは誰だ??)


 俺の前に立華空の姿はなく、赤く鋭い瞳を持つフード姿の少女が現れた。


『私を忘れたなら名乗らないわ。現実の私とまだ関わっても無い筈よ』


 俺は何の戸惑いも無く、それには納得してしまった。


(この戦い。最後はどうなるんだ??)

『貴方は敗れたわ。だけど同時に踊らされていたのよ。私の兄、デッドに……』


 男性は九重明人に敗れる。

 だが九重明人はそんな男性を見て、素直に話し掛けた。


「お前の本当の敵は僕じゃない。この扉の向こうで、僕達が戦う姿を嘲笑う人物がいる。ソイツが、ソイツこそがお前が捜していた人物だ」


 その言葉を言い残し、九重明人はこの場から去った。

 男性は九重明人に言われたその扉を開けると、奥には切り裂きジャックのような風貌のボロいローブの男性デッドが男性を見ながらニタァと嘲笑っていた。

 それを見た男性はデッドに刃を向けて駆け抜けた。

 この最後の戦いを終わらせる為に……。


『だがその願いまでは通じなかったんだ』


 すると俺の声に気付くと目の前にいた筈のフードの少女の姿は無く、さっき黒井焔を名乗っていた男性が現れていた。


『感情に身を任せ、デッドをコアキルしたまでは良かった。その後も色々な事があった。デッドが隠れて計画していた全てが、俺達の前に襲い掛かったんだ。まあ確かに色々な事があったが、俺はこのゲーム、ファントムフリーをクリアする事が出来た』

(出来た??)

『彼奴のせいで遅くはなったが、無事クリアしたんだよ。白、いや、真白を解放してな。だからさっき真白が先に現れたのは、俺自身を癒やす為に現れた。最も俺自身は記憶を失っていたから、俺が真白と話していたんだがな』

(じゃあ何で、またこの世界に来たんだ)

『アキラを助ける為に俺は来た。だが黒の束縛という奴に俺の記憶は失われた。だから何も知らないお前が生まれた』

(だったら俺は消される存在なのか……??)

『それは違う。俺はお前に記憶さえ渡せれば、それで良いと思っている。〝だから渡すよ、ホムラ〟』


 その最後の声は俺の声では無く、幼い少女の声。

 その声には聞き覚えがあった。


 何で俺はずっと彼女の事を忘れていたんだろうか……??

 暴走したリベレイトを見た時点で何故気付かなかったんだ……??

 そしてデッドをコアキルした先の世界を見せなかったのは、他でもない今目の前にいる彼女が死んだから、見れなかっただけに過ぎない。


 その彼女の名はロゼッタ。ロゼッタ・クイーンズブラッド。リベレイトガーディアンにして、唯一の俺の相棒。


 リベレイトガーディアンとは、特殊なリベレイトを守護する者に与えられる称号。

 彼等は特定のプレイヤーにしか興味を示さず、またその条件は特に無い為、その特殊なリベレイトの入手方法は極めて困難とされていた。


(ロゼッタ……、俺をずっと待っていたのか??)

〝ううん。私は一度ホムラに会ってる。怖がらないでって言ったんだけど、その時のホムラは気付かなかった。だから私は少し心配になったんだよ〟

(あの時の妖精がロゼッタだったなんて、俺は…………)

〝思い出したなら、もう大丈夫だよ〟


《システムの復旧作業が終了しました》

《システムの復旧作業が終了しました》

《システムの復旧作業が終了しました》


〝だから泣かないで。ホムラの戦いは、まだ始まったばかりだから〟

(……分かった。じゃあ行って来る)

〝私の分まで頑張って〟


 ロゼッタはその言葉のみを言い残し、光の粒子となって消失した。

 そう。彼女は既にこの世に居ない存在だった。

 すると俺の手にはロゼッタの亡骸である、ワールドクラスアイテム、血色の宝玉があった。


━ ━ ━ ━

【血色の宝玉】


 【WCI】ワールドクラスアイテム

 【D】ディフェクティブ


 クイーンズブラッドの受け継がれた赤い宝玉。

 生き血を浴びる事で眩い光を灯す。

━ ━ ━ ━


《ファントムリベレイト、ブラッドを解放しました》


━ ━ ━ ━

 ブラッド 特殊


 クイーンズブラッドを引き継ぎし者、もしくは血色の宝玉を持つ者のみ特別に使用可能。


 暴走ビースト

 一定期間。ステータスが2倍になる。


 ???


 ラストアタック

 《???》

━ ━ ━ ━


《Zランクを獲得しました》

《カオスリベレイトを獲得しました》

《引き継ぎし者を獲得しました》


「もう黙れ。システム野郎」

《もう遅いですよ。アキラはコアキルされる運命です。貴方の魂が引き継がれようとも、結果は同じ……》

「シャーロットが言ってたぞ。お前らシステムはゲームマスターに操られているって」

《それが何か……??》

「〝ファントムリベレイトッ!!〟」

《攻撃不可避》

「くそっ!!」


 俺は俺である事を忘れていたが、ようやく思い出す事が出来た。

 アキラを救わなれば、過去と同じ結末になってしまう。

 それだけは回避したい。

 それ以外にも救わなればならない者達は、何人かいたからな。


「その前にギブリを、亘を…………」


 最後の俺の言葉は誰にも聞こえなかった。




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